2019年9月30日月曜日

自分の声を、握り締めるな


私は、まだ、人に触れたことの無い「風」である。





これからを、そう初心に秘めながら

明日を歩む。


















「あなた、自分の声をずっと握りしめて来たんだと思う。

 あなたの声、もっと外に、周りの人に出して良いんだよ。」


声って、本来、そう言うものだからね。






私は最近、15年ぶりに本格的なヴォイストレーニングを再開した。

(以前はConservatoire de Bagneux
バニュー市立音楽院の声楽科で3年程学んだ)




何故、ヴォイストレーニングを再開したかと言うと

今年の5月あたりに、ふと、目にした音楽オーディションに応募をして
合格したから。

ある有名な音楽プロデューサーが1曲、私のために曲を提供して下さり
ゆくゆくは、その歌を私が歌い
カラオケのJOYSOUND(ジョイサウンド)にも入り
何社かインターネット配信もして下さる。
レコーディングなども。


その準備の為の、本格的なヴォイストレーニングだ。





もう私は、受かるとも受からないとも、どちらも思っていない。
ただ、いつも全身全霊の精一杯。
それでダメなら仕方ない。ご縁が無かったと。




そのオーディションは、履歴書は必要なかった。
有名なプロデューサーや、音楽家の前で「アカペラ」で1曲歌うのみ。
その他、簡単な質問がある。




私は5年前から歌い出した「Over the Rainbow」をフランス語で歌った。
(発売している4枚目のCDにも入っている)

それしか、アカペラの持ち曲が無かったのと
子供の頃から「オズの魔法使い」が大好きだったから。





もうコンクールも、オーディションも興味がない。





それに、それどころでは....それどころでは無い気がした。
生きて行くので精一杯で。





ただ、視界に入った
このオーディションを、何故だか....受けようと思った。








私は自分の、人生を変えたかった。
もがくばかりで、1年1年と減りゆく寿命を
惜しんでいた気がする。






それでも、自分を信じていたし
挑戦し続けたいと

もがけば、もがく程に
吹き出す「泡」に人知れず、その強い思いを入れていた。




















「自分の声を握りしめるな、もっと楽に外に出して良い。」




新しい先生は、そう言ってくれた。

素直にそうしたい。





まだ、人に触れたことの無い、風のように
新たな風道を、初心と共に
私は飛んでゆくのです。










このオーディション合格のご報告は
SNS(INSTAGRAM、特にFacebook )で今迄で1番の大きな反響があり
沢山のメッセージやコメントを
本当に有難うございました。




いつも陰ながら支えて下さり、応援して下さる皆様に
限りない

心を込めて。







Le son de la Mer 海音





2019年7月24日水曜日

自分の井戸を掘る







自分の墓場を夜な夜な掘って、その前で踊るよりも

自分の井戸を齷齪(あくせく)しながら、この中で泉を掘り続ける。

自分の人生を「井戸」と例えると

疲れ果てて「自分を掘る」ことを止めてしまい動けなくなる事もある。

しかし、時を経て己の泉を求めて「自分を掘り、自分の泉を求める」

それは永劫に続くようだが、有限の命は突然と終焉を与えてくれる。

いつでも、その準備をしなければならない。






私は非常に正直者で、よく馬鹿を見ると言われるが
そういう風にしか、生きる術を知らないのだから
いいと思う。



このような私でさえ、応援して下さる方々がいるのだから
良い音楽をいつも求めていたい。



それが「私の井戸」を掘り続ける理由だ。





あと、最近、吹っ切れた事があったので思う事がある。

人とは「人を、こういう人間だ」と決めつけたがる傾向がある。

例えば、こうだ。



「君みたいな人間は、非常に変態で変わっているから
普通の男や女といるだけでは満足が出来やしないだろう?
厭、君みたいな人間はお手上げの人の方が多いのじゃない?
自分なんか、どうだい?変わっていて面白いよ。」



私はこういう風に言われるのが今まで多かったのですが
全くを持って、そう思いません。

変な人ではなく、静かに居たいのです。

変で面白い人は要りません。

私は静かに居たいのです。

普通で良いです。

一緒に海に行き泳ぎ、山々や空を仰ぎ、自然を共に分かち合う。

星々を眺め、共に眠りにつく....そういう人と一緒に居たい。



高望みなぞ、しない。

人の営みを、自然を、流れのままに感じれる人と一緒に居たいのです。



娘と私が少しでも笑顔で生きて行けるよう
自分の井戸を掘り続ける。



叱り過ぎた娘の寝顔を見ながら
彷徨い続けても、夜は何も、答えてはくれない。






梅雨が明けたら、逢いたい人がいる。

その人に尋ねてみよう。

雲の行く先、心の行き先を。

井戸の深さを。





Le son de la Mer
海音





2019年7月19日金曜日

美醜綺譚



       野鳥のヴィンテージネクタイとタキシード男装







先日、大阪パリ祭に出演をさせて頂いた。

今回で2回目の出演は嬉しい再会、新しい出逢いにも恵まれ
益々、大阪という地が好きになった。

シャンソン歌手として来年で20年になる。

でも、今は仏語シャンソンも歌う音楽家として活動している。











      


      役者でシャンソン歌手の素敵な市原民子さんと。










パリにいた頃、趣味で作詞作曲を再開し
友人宅のパーティーでその作品らをピアノ弾き語りで披露したところ
日本から来ていた女性の起業家の方と
劇団レトルト内閣という劇団の演出家、劇作家の三名刺繍が
私に声を掛けてくれた。

日本でコンサートをやらないか、うちの劇団にゲストで出ないか、と。
驚いた。もう既に、趣味の作曲だったからだ。




日本での初めてのワンマンコンサートは神戸の「キタノサーカス」と言う
異人館近くの洒落た場所で行なった。

カメラマンも来て下さり
女優の夏目雅子さんの専属のカメラマンだった。
神戸のタウン誌の取材やラジオにも出演した。

そして、劇団レトルト内閣への私の全曲楽曲提供と
全編、グランドピアノでの即興演奏を含む音楽家としてのゲスト
主人公の分身としての役柄だった。




今では本当に仲の良い三名刺繍。
彼女の打つ芝居は、1公演で1000人以上の動員を動かす。


そんな彼女と15年目の付き合いになり
大阪パリ祭の前日に一緒に飲んだ。


今は心底知れた人と飲むこともないので
本当に自由に楽しかった。



年内に関西方面で小さくても良いから
久しぶりにライブをしようと思った。





      三名刺繍と...私がエビカツサンドが好きと覚えていてくれて
      美味しいお店を予約してくれた。嬉しかった。





私は日本のシャンソン界に席を置いていないし
そういうのは好きではないから
(誰かの傘下に入ること、小学の頃に酷いイジメに遭い
小学6年時は1年以上全く学校には行かなかった。
もう、それ以来ひとりで行動している)

上下関係すら興味なく
いちシャンソン歌手として会場でも過ごしている。



今後の私のコンサートのチラシを宣伝として
参加されているシャンソン歌手の方々にご挨拶をして渡し歩いた。

あるシャンソン歌手が私が手渡したチラシを受け取ると
折り曲げて、ウチワがわりにパタパタと私に見えるように
わざと仰ぎ始めた。



20代に出ていたシャンソンのコンクールでも
そういう事はいくらでもあったが
久々に目の前で、されたな...と思った。




「暑かったに違いない。」


そう決めて、思い、忘れた方がいい。
大好きな尊敬するシャンソン歌手の方が、私に言ってくれた。
力強いな、美しい人だなと思った。






今の、私の周りは日本でも、海外でも
美しい人ばかりだから
そういう行為をする人が奇異で、宇宙人のように感じた。



芸術の世界に、もの心がつく前からいる為
嫉妬、ヤキモチ、イジメは日常茶飯事で見慣れて来たが

やはり、そういう人は可哀想だ。




たとえ、私より拍手喝采であっても、美しいドレスをしていたとしても。
























関西は好きだ。

私に初めて「コンサート」をさせてくれた人々がいるからだ。
そして、どの土地よりも多くコンサートをされて頂いている。


その分、傷という学びも昔はあった。



今は傷つかない。


何故なら、もうそういう事には興味がないからだ。






楽しい大阪滞在だった。


本当にいつも有難うございます。




満席の大丸心斎橋劇場、緊張の高揚感

これこそ演奏家としての醍醐味。





音楽、それは生きる、私のよろこび。






心を込めて。





Le son de la Mer
海音






♪〜〜次回コンサート〜〜♪ 
2019年9月7日(日)14時 千葉県君津市市民ホール 大ホール
近日中に詳細をアップいたします。







2019年6月17日月曜日

悪魔的でローズマリーの答え







炎天下の中に、風の又三郎みたく歩いているのだけど、私は。

こう言う、娘とブラブラと歩いている時が

一番、自分らしいと感じる。

墨絵みたいな季節や、かすれた声だっていいのだから


色々楽しもうと思うのです。





去年から今日に至るまで、自分の人生の「なりたくないような人」

または、それらを反面教師の「師」と言いたもう。

特に多かったですね。




私は悪魔的に演じることが出来るので(そうではないと表現者ではないでしょ)

お酒を飲んでも、素面でも

どこまでも面倒臭いことになってしまうので

もう一人になることに決めたんです。

まあ、いつもそうなのだけど
娘もいるし
老猫になったミロンガもいる。


人付き合いで

自分に嘘をついて生きるのが一番苦手で厭だから。


日本人の男性はもういいかも。





















それに変化、進化して行くことが面白い。

以前は文学的な言葉や漢字を使って表現していたけれど

日本に来てからは「ひらがな」を敢えて使用するようになった。

そのほうが、視界からの響きがあり

詩的だから。




以前、フランスの書物で読んだことがあるのですが

「美しい」とは「気に入っている」

「美しい」とは「目の中にある」

それぞれの解釈なのでしょうけれど、それもあるなと思います。

美しい王道なぞ、人それぞれだから。




私は幼少期から、退廃美を非常に好んで来たけれど

滅びゆく寿命の日まで、貝殻を海岸で拾い集めたいとも思うし

何が正しくて、良いなんて、自分でもわからないでしょう。

変わりゆくのだから。



例えば


10年前まではゲランの香水を好んでいたけれど

現在は、フレデリック  マルの香水がお気に入りだし
東京の家の周りのローズマリーやラヴェンダーの香りに包まれたら
幸せだし。


特に、ローズマリーのヘアワックスを纏うことが多いから
「あなたはローズマリーの人ね。」と言われて嬉しかったり。

















あとはお酒を最近やめて感じたこと。

大きくは、あまりないです。

神経症が軽くなったこと。

睡眠の質は、言葉には表現出来ないけれど
確実に変化したのは確か。
深く眠れるようになった。


元々、低血圧のため
お酒を夜に飲んでも、飲まない生活に切り替えても
朝は起きれませんね 笑

ただ、寝起きの軽さは流石に違いますし
浮腫まなくなった。


あと、シャンパーニュやワイン瓶が出なくなったから
ゴミ出しの時がシンプルになった、とか。

365日、毎日シャンパーニュやワインを飲んでいたので
変化は身を以て感じます。

今でも家の地下に頂いたものが残っているから


本当に一緒に飲みたい人とだけ
いづれ開けるのかな。


そんな気軽な感じでいます。



絶対、自分はこうじゃないと行けない

美は、こうじゃないと行けない

それは堅苦しいし、事実、そのようなのは美ではない。

自らの心身に、重い枷(かせ)や楔(くさび)をつけるのは
それ自体、もう美ではない。


そのまま、か、無意識の不断の努力のみにしか
生まれないのかしらね、と思います。







私はサーフィンやスキューバーダイビングや素潜りがしたいから
自分の履歴とか全然関係ない人生の選択も沢山したいし



今週は、書道の2次面接試験、音楽のオーディション、声のワークショップ....
色々だけど

やるだけやって来ているから
背伸びしないのが一番。





雨は友だち、風も友だち、だから負けとかも無い。

だけど私は風の又三郎みたくいるのが好き。


Je suis comme je suis!





Instagramが好きなので、日びの揺らぎはこちらでどうぞ。





7月13日(土)は大阪パリ祭に出ます。
















今日も呼んで下さり、どうも有難うございます。





amitié.




Le son de la Mer
海音






2019年6月2日日曜日

9月7日 千葉県君津市民ホール大ホールの演奏ご案内




         千葉県君津市民ホール 大ホール






こんにちは。

6月になりました。

雨音が季節の音で一番好きかもしれません。

次に好きなのは
遠くを飛ぶ、どこか遠くへ向かう飛行機の音です。








みなさま、「松本ピアノ」をご存知でしょうか?


「松本ピアノ」は明治時代に君津市常代出身の松本新吉が創立した
ピアノ製造メーカーです。

ピアノの響きを決める響板には国産(北海道産)のエゾマツを採用し
やや低めで優しい、室内向きの音色が特徴の(SWEET TONE)ピアノを
作りました。

戦前の国内三大ピアノ メーカー
「松本」「西川オルガン」「山葉(ヤマハ)」の一つとして数えられ
当時は『見栄えの山葉、音色の松本』と評され人気を博していました。
松本新吉、息子の真治、孫の新一のピアノ製造の技は伝承され
1991年に製造工場が操業停止されるまで作り続けられました。


(〜君津市発祥のスイート トーン「松本ピアノ」〜 )より抜粋








  









現在、私がパリから持ち帰ったピアノを調律して下さるのは
この松本ピアノの松本花子さんと言う、素晴らしい調律師さんです。

そして毎年2回行われます
「松本ピアノ コンサート Stage on Stage vol.23」に私を推薦して下さり
9月7日(土)に行われる
君津市民ホール 大ホールで演奏(ライブ)をする運びとなりました。




この *Stage on Stage *と言いますのは
大ホールのステージいっぱいに、お客様をお呼びして
同じステージで「松本ピアノ」の音色を楽しみながら
ライブ感満載のコンサートを致します。

勿論、お座りになる椅子はございますよ^^



かなりユニークなコンサートですよね。





先日、娘を連れて
初めて千葉県君津市の市民ホールへご挨拶と打ち合わせの為
足を運びました。

牧歌的で.....都心よりも、そよ風が涼しく気持ち良い土地でした。
空気が澄んで気持ち良い街でした。



松本ピアノを試演させて頂きましたが
このような音のピアノは初めてで、大変、驚きました。

繊細な瑠璃色をした....優しい光の玉が
いくつも、いくつも転げて行くような...
何とも言えない音色に、ある意味、胸を締め付けられました。


パリで欧米ピアノ ブランドのピアノは
殆ど弾きましたが
このようなピアノの音色は、人生で初めてだったからです。


だからこそ、この松本ピアノでクラシックは何を弾こうかと
考えた時、ワクワクしたのです。




そして大ホールを後ろから眺めた時に、感じた事がありました。



最近では「大阪パリ祭」にもお声を掛けて頂き
大きなホールでピアノを弾き語る機会を、有難く頂きておりますが

今まで音楽をコツコツと40年近くやって来て
本当に小さな会場で3,4人しかお客様が来なかった時代もあり
パリでプロになりながらも、下積み時代も長かった現実があります。


私の夢は


「大ホールで、オーケストラをバックにピアノ弾き語りをする事」が
私の夢です。

いつも、いつも描いて来ました。

そして
その高揚感と良い緊張感と、拍手と、感謝の躍動感あるビジョンを
20年くらい心の中で描き続けて来ました。




想像以下に
6年前に日本に来た時は
生活が苦しく、それ所ではありませんでした。

しかし、今回で一つ、自分は夢を片方掴んだのだと確信しました。


何故なら
ワンマンで大ホールで演奏出来るチャンスを頂いたのですから。


周りの方々は
私の音楽は小さい会場で聴きたいと、その方が合っていると
言う方がおります。

それも、一理あるかもしれませんが
やはり表現者として、私はどんどん大きくなって行きたい。

大きなホールで、会場でやって行きたいのです。

それが、私の昔からの夢です。














5帖ほどの小さな寝室から、隣で寝息を立てている娘の隣で
このブログを綴っています。


小さな限られた場所からでも
大きな夢は、変わらずに、夢が溢れている。



雨風しのげて、ピアノがあれば、それで良いと
パリにいた頃から思っていました。

そこに娘も、猫もいるのですから
私は幸せです。







「松本ピアノ コンサート Stage on Stage vol.23」の詳細は
来月あたりにフライヤーが出来ると思われますので
またご紹介をさせて下さいませ。




最後に、推薦をして下さいました松本花子さん
そして、小さな一ピアニストとして伝統ある「松本ピアノ」を
時を超えて弾く事が出来る喜びに

心より感謝を申し上げます。



いつも読んで下さいまして
どうも有難うございます。







Le son de la Mer
海音








2019年5月21日火曜日

全身全霊で清く沈む(ご報告)







*今年の主な活動(5月22日現在)

7月13日(土) 大阪パリ祭 出演 大丸心斎橋劇場 15時開演

9月7日 (土) 千葉県 君津市民文化ホール 大ホール 
       「松本ピアノコンサート Stage on Stage vol.23」

11月10日(日)  岩手県 世界遺産 中尊寺 かんざん亭  
         ゲスト 黒色すみれ




*最近のyoutube  
 キールタンヨガのKairava Devi Dasiとの沖縄でのOver the Rainbow








先日、誕生日だったが、自分にプレゼントするものを
もう決めていた。


それは物質ではなく

お酒を飲まない人生を自分にプレゼントした事だ。


この20年以上、お酒を飲んで来たが
アルコール依存症とも戦いながら
スパッと辞めた。


娘の妊娠を機に、ヘビースモーカーも辞め
自分の誕生日に依存症のお酒を辞め
カフェインアレルギーの為、コーヒーやお茶は昔から全く飲まない。


今、楽しいことは
娘と食べる八朔(はっさく)を綺麗に剥くこと。
そして、日記を綴ること。



やっと最近、インターネットを少しずつ見る様になったが
SNSやブログは見ていない。

脳が拒否するからだ。




容易な拍手を求めるくらいならば
演奏も表現も、何もかも、しないほうがマシなのだ。

だから私は徹底して、自分が、心身が回復するまでは
人前には現れない。

それは、自分のバランスを取る為だ。





最近、あまりに酷いなと言う事が重なった。
他人は自分の鏡と言うが
本当にそうだろうか?

もう、そう言うことに関しても
色々なことに、一々、意味ずけをすることも辞めて
もっとシンプルに風の様に生きたくなった。


風の様に、生きていたはずだったが
そうではなくなっていたから。




今しばらく、静かに自分と向き合いたい。




ですから、ハイヒールレッスンを楽しみにしていて下さいました方々には
大変申し訳ございません。

より良い意味での、自分の深みに触れるためと
作曲と創作活動を優先とするため
現在に於きましては募集を致しませんが
ゆくゆくは募集をしたいと感じます。

どうぞ宜しくお願い致します。


かろうじて、ピアノレッスンのみ人数限定で募集致します。
(徐々にフランス語シャンソンも募集しようと思います。)

近日中に、より詳しい募集要項をブログに綴りますので
ご希望の方はお待ち下さいませ。








....それが、美しい「音」なのか
そうではない、ものなのか。


それは、その人だ。



もし美しくなければ、より探し求めるのが人生だと
私は思っている。



探し求めよ、そうすれば与えられる....と聖書にもある様に
それを素直に
探し続ける音楽家でいたい。






今は、誰にも逢わずに
八朔(はっさく)の皮を綺麗に向き
日記をランプの下で綴り
作曲に浸り




私は
自分の時間の流れと、バランスを死守し
生きる触覚、感覚を信じて
自分に、全身全霊で清く沈む。


















Amitié





Le son de la Mer
海音








5月の須川山(栗駒岳)を仰ぐ。大好きだった祖父母と叔母を思い出す。



2019年4月29日月曜日

ASAMI-PARISのハイヒール コンサルティングを終えて -闇の歌は、光と友達です-


闇は星々や月が友達です。

誰か寂しい人がいたら

闇は、その友達と相談をして

静かに優しく光を、永劫に漆黒を貫き通すが

くべてあげるのです。







よく、言われます。

私は小さい頃から恵まれた環境に生まれ
賞を沢山受賞して
パリにも留学し
ピアニスト資格も取り
シャンソンのプロにもなった
子供にも恵まれ
音楽活動をして
小さな一軒家に住み
....




羨ましい!と。



本当にそう思うのか?


そう、確かに私は強運であり、努力家であり....




勝手な想像力で人を作り上げるのは、辞めたまえ。






誰だってそうなのだ。
コンプレックスの塊である己を歌うのは、歌いやすい。
人は堕ちた歌が、悲壮歌が歌いやすい。

しかし「現」として人前に己を晒(さら)すのは
どれだけ、どれだけ、心が引き千切られる様になるのかを。
自分を愛していない人は特にそう、感じるだろう。








今夜、遅い時間にASAMIさんとの時間に幕が下りた。
本当は降りないで欲しかった。
しかし、いつまでも同じ季節はつづかない。



コンサルを始めた9月末は
久々の
パリの里帰りから娘と東京に戻り
コーチを目指すどころか、2011年にASAMIさんからご指導されていた時の
「感覚」

それが思い出せない。

気持ちも、ぐちゃぐちゃ。




今だからこそ、言えるが

追い討ちをかける様に
パリに行く直前にゲリラ豪雨の雷で
家の天井や壁や電灯の多くが落下してしまいボロボロの部屋でコンサルを始めた。
(仕事道具であるフランスから持ち帰った
グランドピアノとハープだけは難を逃れた)

家の中を見渡しては、ため息を吐きながら
....以前、履いていたジミーチューのハイヒールを
5年ぶりに引っ張り出して
フラフラと履き、ASAMIさんの前に現れていたと思う。





7ヶ月は流れ星より早かったと思う。

ASAMIさんの厳しさに、負けん気の私は
「なにくそ、なにくそ!」と思い「自分なりに」立ち向かってきたが
惨敗しっぱなしだった。


まるで口角は上がっているのに、「廃人の歌」でも歌いながら(笑)
喰い付いている様でしかない。
当たり前だ。




以前も少し触れたが

仕事や育児に疲れて
うたた寝してしまい、ASAMIさんの電話で目が覚める始末

お付き合いの飲み会の帰りに
お酒が入ったままでのレッスン

ハイヒールから程遠い土地での仕事で
全く、身体の軸が無くなってしまった時のレッスン。



ASAMIさんは糸も変わらず
いつものまま、真摯に厳しく、向き合って下さった。







....







日本に来てから、目標をなくし
自分をも偽って
自分に見合わない音楽以外の仕事を毎日こなし
シングルマザーでいる日びは
タコの紐が切れてしまった、タコの様だった。


自分と言う「プロ」を辞めざるを得ない状況から逃れられなった。





そこに、本当に久々にASAMIさんの眼差しと精神が
鉄線の火花の様に入って来た。







  ASAMIさんに出逢った頃の2011年の私
    震災の慰問として日本各地でコンサートを行った(こちらは地元 岩手)



    最近、沖縄で出逢ったギニアと日本のハーフの女の子。
    アフリカンダンスの時。本当に愛らしく可愛い。





コンサルを終えて
私は、日本の女性の皆さんにお伝えしたいことがある。



それは、もう自分を解放して下さい。
そして、もっとこれから自由になって下さい。



8cmでも、12cmでも、15cmでも
ハイヒールを
お履きになられて歩きたいのであれば
そうしましょう。




アラフォーとかアラサーとかアラフィフとか
ご自分を区切るのは辞めませんか?
(日本はジャンルをつけて色眼鏡で相手を見るのが本当にお得意)




実は私はひどく、潔癖や、コンプレックスで
ミニスカートはもう一生履く事はないと思っていました。

コンプレックスのあまり
凄い若い時から
自分の足に大きなメスを入れて、人体実験や
脂肪を溶かす注射を全身に施したり
病的なくらいでした。
(顔とか整形はしておりませんが)


小さい頃から、もっと、もっと出来る、いつも1位を目指し
しかし、反対にはデブ、ブス、大根足と言われ
もう逃げ場がなかった時代があります。


はっきり言うと常に心は爆発寸前で
岡本太郎が大好きだけど
黙って口だけ笑っているタイプでした。





だからね、私は言いたいのです。

どんな体でも、いいから
ハイヒールをお履きになりたければ
是非、履きましょう、履いてみませんか?


ミニスカートをお履きになりたければ
何歳であろうと履いてみませんか?


ただ、心をそう決めたのなら
一緒に
第一歩を、歩みませんか?と。




何故なら
私はASAMIさんのコンサルを受けて
履きたいハイヒールも
纏いたかったミニのワンピースも

人生で初めて、選べる自信や
己の解放ができる様になったからです。






最後に

以前、パリで最後に住んでいたアパルトマンの近くに
マリアカラスが孤独に晩年住んでいたアパルトマンがあり
いつも、ピアノのお生徒さんの家からの帰りや
コンセルヴァトワールからの帰りに
彼女のいたお部屋を、眺めていた。

ああ、彼女も孤独だったのだな。
だったら
私もやっていけるな、と。

彼女とは桁違いなくらいの、自分かもしれないけれど

また、一からやって行けるな、と。


その時々を思い出し


静かに始動してゆくのです、人生は。







ASAMIさんへ、限りない愛とともに。

いつも読んで下さる皆様へ

笑顔を込めて。





私は出来るのであれば
本当は全てに女性に寄り添いたいです。

出来る限りですが
音楽家としても、ハイヒールコーチとしても。




それは
誰にも言えないことばかりの人生を過ごして来たからです。



闇の歌は、光と友達です。





***
Le son de la Merのハイヒールレッスン
および音楽レッスン(ピアノ、仏語シャンソン)
5月15日(月)より始めさせていただきます。

近日中より、募集を開始いたします。
Blogの右側にある連絡フォームより
ご予約、お問い合わせを受け付け承ります
***





Amitié





Le son de la Mer
海音