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2019年9月30日月曜日

自分の声を、握り締めるな


私は、まだ、人に触れたことの無い「風」である。





これからを、そう初心に秘めながら

明日を歩む。


















「あなた、自分の声をずっと握りしめて来たんだと思う。

 あなたの声、もっと外に、周りの人に出して良いんだよ。」


声って、本来、そう言うものだからね。






私は最近、15年ぶりに本格的なヴォイストレーニングを再開した。

(以前はConservatoire de Bagneux
バニュー市立音楽院の声楽科で3年程学んだ)




何故、ヴォイストレーニングを再開したかと言うと

今年の5月あたりに、ふと、目にした音楽オーディションに応募をして
合格したから。

ある有名な音楽プロデューサーが1曲、私のために曲を提供して下さり
ゆくゆくは、その歌を私が歌い
カラオケのJOYSOUND(ジョイサウンド)にも入り
何社かインターネット配信もして下さる。
レコーディングなども。


その準備の為の、本格的なヴォイストレーニングだ。





もう私は、受かるとも受からないとも、どちらも思っていない。
ただ、いつも全身全霊の精一杯。
それでダメなら仕方ない。ご縁が無かったと。




そのオーディションは、履歴書は必要なかった。
有名なプロデューサーや、音楽家の前で「アカペラ」で1曲歌うのみ。
その他、簡単な質問がある。




私は5年前から歌い出した「Over the Rainbow」をフランス語で歌った。
(発売している4枚目のCDにも入っている)

それしか、アカペラの持ち曲が無かったのと
子供の頃から「オズの魔法使い」が大好きだったから。





もうコンクールも、オーディションも興味がない。





それに、それどころでは....それどころでは無い気がした。
生きて行くので精一杯で。





ただ、視界に入った
このオーディションを、何故だか....受けようと思った。








私は自分の、人生を変えたかった。
もがくばかりで、1年1年と減りゆく寿命を
惜しんでいた気がする。






それでも、自分を信じていたし
挑戦し続けたいと

もがけば、もがく程に
吹き出す「泡」に人知れず、その強い思いを入れていた。




















「自分の声を握りしめるな、もっと楽に外に出して良い。」




新しい先生は、そう言ってくれた。

素直にそうしたい。





まだ、人に触れたことの無い、風のように
新たな風道を、初心と共に
私は飛んでゆくのです。










このオーディション合格のご報告は
SNS(INSTAGRAM、特にFacebook )で今迄で1番の大きな反響があり
沢山のメッセージやコメントを
本当に有難うございました。




いつも陰ながら支えて下さり、応援して下さる皆様に
限りない

心を込めて。







Le son de la Mer 海音





2019年7月19日金曜日

美醜綺譚



       野鳥のヴィンテージネクタイとタキシード男装







先日、大阪パリ祭に出演をさせて頂いた。

今回で2回目の出演は嬉しい再会、新しい出逢いにも恵まれ
益々、大阪という地が好きになった。

シャンソン歌手として来年で20年になる。

でも、今は仏語シャンソンも歌う音楽家として活動している。











      


      役者でシャンソン歌手の素敵な市原民子さんと。










パリにいた頃、趣味で作詞作曲を再開し
友人宅のパーティーでその作品らをピアノ弾き語りで披露したところ
日本から来ていた女性の起業家の方と
劇団レトルト内閣という劇団の演出家、劇作家の三名刺繍が
私に声を掛けてくれた。

日本でコンサートをやらないか、うちの劇団にゲストで出ないか、と。
驚いた。もう既に、趣味の作曲だったからだ。




日本での初めてのワンマンコンサートは神戸の「キタノサーカス」と言う
異人館近くの洒落た場所で行なった。

カメラマンも来て下さり
女優の夏目雅子さんの専属のカメラマンだった。
神戸のタウン誌の取材やラジオにも出演した。

そして、劇団レトルト内閣への私の全曲楽曲提供と
全編、グランドピアノでの即興演奏を含む音楽家としてのゲスト
主人公の分身としての役柄だった。




今では本当に仲の良い三名刺繍。
彼女の打つ芝居は、1公演で1000人以上の動員を動かす。


そんな彼女と15年目の付き合いになり
大阪パリ祭の前日に一緒に飲んだ。


今は心底知れた人と飲むこともないので
本当に自由に楽しかった。



年内に関西方面で小さくても良いから
久しぶりにライブをしようと思った。





      三名刺繍と...私がエビカツサンドが好きと覚えていてくれて
      美味しいお店を予約してくれた。嬉しかった。





私は日本のシャンソン界に席を置いていないし
そういうのは好きではないから
(誰かの傘下に入ること、小学の頃に酷いイジメに遭い
小学6年時は1年以上全く学校には行かなかった。
もう、それ以来ひとりで行動している)

上下関係すら興味なく
いちシャンソン歌手として会場でも過ごしている。



今後の私のコンサートのチラシを宣伝として
参加されているシャンソン歌手の方々にご挨拶をして渡し歩いた。

あるシャンソン歌手が私が手渡したチラシを受け取ると
折り曲げて、ウチワがわりにパタパタと私に見えるように
わざと仰ぎ始めた。



20代に出ていたシャンソンのコンクールでも
そういう事はいくらでもあったが
久々に目の前で、されたな...と思った。




「暑かったに違いない。」


そう決めて、思い、忘れた方がいい。
大好きな尊敬するシャンソン歌手の方が、私に言ってくれた。
力強いな、美しい人だなと思った。






今の、私の周りは日本でも、海外でも
美しい人ばかりだから
そういう行為をする人が奇異で、宇宙人のように感じた。



芸術の世界に、もの心がつく前からいる為
嫉妬、ヤキモチ、イジメは日常茶飯事で見慣れて来たが

やはり、そういう人は可哀想だ。




たとえ、私より拍手喝采であっても、美しいドレスをしていたとしても。
























関西は好きだ。

私に初めて「コンサート」をさせてくれた人々がいるからだ。
そして、どの土地よりも多くコンサートをされて頂いている。


その分、傷という学びも昔はあった。



今は傷つかない。


何故なら、もうそういう事には興味がないからだ。






楽しい大阪滞在だった。


本当にいつも有難うございます。




満席の大丸心斎橋劇場、緊張の高揚感

これこそ演奏家としての醍醐味。





音楽、それは生きる、私のよろこび。






心を込めて。





Le son de la Mer
海音






♪〜〜次回コンサート〜〜♪ 
2019年9月7日(日)14時 千葉県君津市市民ホール 大ホール
近日中に詳細をアップいたします。







2019年6月17日月曜日

悪魔的でローズマリーの答え







炎天下の中に、風の又三郎みたく歩いているのだけど、私は。

こう言う、娘とブラブラと歩いている時が

一番、自分らしいと感じる。

墨絵みたいな季節や、かすれた声だっていいのだから


色々楽しもうと思うのです。





去年から今日に至るまで、自分の人生の「なりたくないような人」

または、それらを反面教師の「師」と言いたもう。

特に多かったですね。




私は悪魔的に演じることが出来るので(そうではないと表現者ではないでしょ)

お酒を飲んでも、素面でも

どこまでも面倒臭いことになってしまうので

もう一人になることに決めたんです。

まあ、いつもそうなのだけど
娘もいるし
老猫になったミロンガもいる。


人付き合いで

自分に嘘をついて生きるのが一番苦手で厭だから。


日本人の男性はもういいかも。





















それに変化、進化して行くことが面白い。

以前は文学的な言葉や漢字を使って表現していたけれど

日本に来てからは「ひらがな」を敢えて使用するようになった。

そのほうが、視界からの響きがあり

詩的だから。




以前、フランスの書物で読んだことがあるのですが

「美しい」とは「気に入っている」

「美しい」とは「目の中にある」

それぞれの解釈なのでしょうけれど、それもあるなと思います。

美しい王道なぞ、人それぞれだから。




私は幼少期から、退廃美を非常に好んで来たけれど

滅びゆく寿命の日まで、貝殻を海岸で拾い集めたいとも思うし

何が正しくて、良いなんて、自分でもわからないでしょう。

変わりゆくのだから。



例えば


10年前まではゲランの香水を好んでいたけれど

現在は、フレデリック  マルの香水がお気に入りだし
東京の家の周りのローズマリーやラヴェンダーの香りに包まれたら
幸せだし。


特に、ローズマリーのヘアワックスを纏うことが多いから
「あなたはローズマリーの人ね。」と言われて嬉しかったり。

















あとはお酒を最近やめて感じたこと。

大きくは、あまりないです。

神経症が軽くなったこと。

睡眠の質は、言葉には表現出来ないけれど
確実に変化したのは確か。
深く眠れるようになった。


元々、低血圧のため
お酒を夜に飲んでも、飲まない生活に切り替えても
朝は起きれませんね 笑

ただ、寝起きの軽さは流石に違いますし
浮腫まなくなった。


あと、シャンパーニュやワイン瓶が出なくなったから
ゴミ出しの時がシンプルになった、とか。

365日、毎日シャンパーニュやワインを飲んでいたので
変化は身を以て感じます。

今でも家の地下に頂いたものが残っているから


本当に一緒に飲みたい人とだけ
いづれ開けるのかな。


そんな気軽な感じでいます。



絶対、自分はこうじゃないと行けない

美は、こうじゃないと行けない

それは堅苦しいし、事実、そのようなのは美ではない。

自らの心身に、重い枷(かせ)や楔(くさび)をつけるのは
それ自体、もう美ではない。


そのまま、か、無意識の不断の努力のみにしか
生まれないのかしらね、と思います。







私はサーフィンやスキューバーダイビングや素潜りがしたいから
自分の履歴とか全然関係ない人生の選択も沢山したいし



今週は、書道の2次面接試験、音楽のオーディション、声のワークショップ....
色々だけど

やるだけやって来ているから
背伸びしないのが一番。





雨は友だち、風も友だち、だから負けとかも無い。

だけど私は風の又三郎みたくいるのが好き。


Je suis comme je suis!





Instagramが好きなので、日びの揺らぎはこちらでどうぞ。





7月13日(土)は大阪パリ祭に出ます。
















今日も呼んで下さり、どうも有難うございます。





amitié.




Le son de la Mer
海音






2019年4月29日月曜日

ASAMI-PARISのハイヒール コンサルティングを終えて -闇の歌は、光と友達です-


闇は星々や月が友達です。

誰か寂しい人がいたら

闇は、その友達と相談をして

静かに優しく光を、永劫に漆黒を貫き通すが

くべてあげるのです。







よく、言われます。

私は小さい頃から恵まれた環境に生まれ
賞を沢山受賞して
パリにも留学し
ピアニスト資格も取り
シャンソンのプロにもなった
子供にも恵まれ
音楽活動をして
小さな一軒家に住み
....




羨ましい!と。



本当にそう思うのか?


そう、確かに私は強運であり、努力家であり....




勝手な想像力で人を作り上げるのは、辞めたまえ。






誰だってそうなのだ。
コンプレックスの塊である己を歌うのは、歌いやすい。
人は堕ちた歌が、悲壮歌が歌いやすい。

しかし「現」として人前に己を晒(さら)すのは
どれだけ、どれだけ、心が引き千切られる様になるのかを。
自分を愛していない人は特にそう、感じるだろう。








今夜、遅い時間にASAMIさんとの時間に幕が下りた。
本当は降りないで欲しかった。
しかし、いつまでも同じ季節はつづかない。



コンサルを始めた9月末は
久々の
パリの里帰りから娘と東京に戻り
コーチを目指すどころか、2011年にASAMIさんからご指導されていた時の
「感覚」

それが思い出せない。

気持ちも、ぐちゃぐちゃ。




今だからこそ、言えるが

追い討ちをかける様に
パリに行く直前にゲリラ豪雨の雷で
家の天井や壁や電灯の多くが落下してしまいボロボロの部屋でコンサルを始めた。
(仕事道具であるフランスから持ち帰った
グランドピアノとハープだけは難を逃れた)

家の中を見渡しては、ため息を吐きながら
....以前、履いていたジミーチューのハイヒールを
5年ぶりに引っ張り出して
フラフラと履き、ASAMIさんの前に現れていたと思う。





7ヶ月は流れ星より早かったと思う。

ASAMIさんの厳しさに、負けん気の私は
「なにくそ、なにくそ!」と思い「自分なりに」立ち向かってきたが
惨敗しっぱなしだった。


まるで口角は上がっているのに、「廃人の歌」でも歌いながら(笑)
喰い付いている様でしかない。
当たり前だ。




以前も少し触れたが

仕事や育児に疲れて
うたた寝してしまい、ASAMIさんの電話で目が覚める始末

お付き合いの飲み会の帰りに
お酒が入ったままでのレッスン

ハイヒールから程遠い土地での仕事で
全く、身体の軸が無くなってしまった時のレッスン。



ASAMIさんは糸も変わらず
いつものまま、真摯に厳しく、向き合って下さった。







....







日本に来てから、目標をなくし
自分をも偽って
自分に見合わない音楽以外の仕事を毎日こなし
シングルマザーでいる日びは
タコの紐が切れてしまった、タコの様だった。


自分と言う「プロ」を辞めざるを得ない状況から逃れられなった。





そこに、本当に久々にASAMIさんの眼差しと精神が
鉄線の火花の様に入って来た。







  ASAMIさんに出逢った頃の2011年の私
    震災の慰問として日本各地でコンサートを行った(こちらは地元 岩手)



    最近、沖縄で出逢ったギニアと日本のハーフの女の子。
    アフリカンダンスの時。本当に愛らしく可愛い。





コンサルを終えて
私は、日本の女性の皆さんにお伝えしたいことがある。



それは、もう自分を解放して下さい。
そして、もっとこれから自由になって下さい。



8cmでも、12cmでも、15cmでも
ハイヒールを
お履きになられて歩きたいのであれば
そうしましょう。




アラフォーとかアラサーとかアラフィフとか
ご自分を区切るのは辞めませんか?
(日本はジャンルをつけて色眼鏡で相手を見るのが本当にお得意)




実は私はひどく、潔癖や、コンプレックスで
ミニスカートはもう一生履く事はないと思っていました。

コンプレックスのあまり
凄い若い時から
自分の足に大きなメスを入れて、人体実験や
脂肪を溶かす注射を全身に施したり
病的なくらいでした。
(顔とか整形はしておりませんが)


小さい頃から、もっと、もっと出来る、いつも1位を目指し
しかし、反対にはデブ、ブス、大根足と言われ
もう逃げ場がなかった時代があります。


はっきり言うと常に心は爆発寸前で
岡本太郎が大好きだけど
黙って口だけ笑っているタイプでした。





だからね、私は言いたいのです。

どんな体でも、いいから
ハイヒールをお履きになりたければ
是非、履きましょう、履いてみませんか?


ミニスカートをお履きになりたければ
何歳であろうと履いてみませんか?


ただ、心をそう決めたのなら
一緒に
第一歩を、歩みませんか?と。




何故なら
私はASAMIさんのコンサルを受けて
履きたいハイヒールも
纏いたかったミニのワンピースも

人生で初めて、選べる自信や
己の解放ができる様になったからです。






最後に

以前、パリで最後に住んでいたアパルトマンの近くに
マリアカラスが孤独に晩年住んでいたアパルトマンがあり
いつも、ピアノのお生徒さんの家からの帰りや
コンセルヴァトワールからの帰りに
彼女のいたお部屋を、眺めていた。

ああ、彼女も孤独だったのだな。
だったら
私もやっていけるな、と。

彼女とは桁違いなくらいの、自分かもしれないけれど

また、一からやって行けるな、と。


その時々を思い出し


静かに始動してゆくのです、人生は。







ASAMIさんへ、限りない愛とともに。

いつも読んで下さる皆様へ

笑顔を込めて。





私は出来るのであれば
本当は全てに女性に寄り添いたいです。

出来る限りですが
音楽家としても、ハイヒールコーチとしても。




それは
誰にも言えないことばかりの人生を過ごして来たからです。



闇の歌は、光と友達です。





***
Le son de la Merのハイヒールレッスン
および音楽レッスン(ピアノ、仏語シャンソン)
5月15日(月)より始めさせていただきます。

近日中より、募集を開始いたします。
Blogの右側にある連絡フォームより
ご予約、お問い合わせを受け付け承ります
***





Amitié





Le son de la Mer
海音






2019年2月9日土曜日

美しい理り(ことわり)




                      photo by 高木 亜麗









気持ち良い人々といると
気持ち良く、物事が進む。


気持ち良い自分でいると
色々な事が、自然に回り出す。

最終的には、そうではなかろうか?





自分にとり呼吸が合っていない時は
心も、体も苦しくなる。


それでも無理に行うと
ゆくゆくは、そう言う結果になる。

人間関係や物事は
全てそう出来ているのではなかろうか?





生まれてから、今日の日まで
何でも思い出してみると
全ての答えがそうだったように。






履くハイヒールをクリスチャン ルブタンに変えてから
色々変わりだした。

人間関係も、私も。



それってどう言うこと?



履く靴を変えただけで
人生が変わるのならば
この世の女性は皆、ハッピーになるのだろうか?

答えは


NOだ。



何故なら
猫背で、膝を曲げてルブタンを履いても
人生は変わらない。

シンデレラ靴は
ただ履くだけでは
何も変わらないのだ。





それにふさわしい、エネルギーが完全必須だ。



明らかにルブタンが放つハイヒールのエネルギーは
今まで感じた事が無いくらいのエネルギーだ。

それに見合ったエネルギー、またはそれ以上に
漲る精神が必要だ。



音楽に例えると
何千万円のスタウィンウェイに
美しいドレスを纏い
ピアノの前に座り
バッハの楽譜を置き
3日前から練習した覚束ない(おぼつかない)演奏を

誰でもすることは出来る。




しかし、そこに伴っているのは何であろうか?

輝かしいピアノと、煌びやかなドレスだけである。





良いシャンパーニュを口に含んでも
良き時間、良き相手でなければ
水に等しく

水道水以下だ。






余談だが
今夜は昨年、奮発して購入したソファーに寄りかかり
シャンパーニュを少し飲みながら
ゆったりとリラックスして、ブログを綴っている。





基本、私は一人が大好きで
その時間を死守しなければ
何にも出来ない。

娘との時間も、例えようの無い
至極大切な時間だが

それ以前に
孤独での練習、作業は
私自身を作り上げる貴重な時間なので
これも何にも代え難い。





話は戻すが
ハイヒールレッスンでルブタンを履くようになり
今まで使っていなかった筋肉を使うことにより
「心身の軸」がシンプルに強化され



心の洗濯、選択
体の洗濯、選択

この二つのインプットとアウトプットが凄まじい。



ルブタンで、ゆっくりと歩くと
真冬の気温の中で、体は発熱し、汗が流れてくる。


まさに、スポーツだ。




軸が段々と出来てくると
心の軸も強化され


今まで、心の中で片目を瞑っていたもの(我慢、違和感)
本来の自分らしく無いもの
自分の呼吸では無いもの
本当は手放したかったもの

それらが明白に見えて来て

自分はどう生きたいのか

彷徨うこと無く
心の手で、その思いを掴むことが出来る。





基本、私は演じることが上手な人間なので
(裏表では無い意味で、そうでなければ表現者は出来ない)

その場を凌ぐことが出来ても
やはりボロがいづれ、出てくるのだ。


そんなことになるのならば
とっとと

今までの己を捨て去るのが良い。



私は、いつから、こんなにも悲しくなった?

と責める前に。






ルブタンは私に転機をもたらした。

故に、昨年の今頃とは全く違う環境と、境遇と、私がいるからだ。




それはエネルギー(波動)が変わり
現実も変わったと言うことだ。



切磋琢磨しながらも
安らかに眠りに寄せて
美しい孤独に凭れかかることが出来るとは





私は人生で知らなかったからだ。






Amitié



Le son de la Mer
海音





                      朝目覚めの、視界。

2019年2月4日月曜日

ママ! 1




       住んでいたパリ16区の近所をベビーカーでお散歩。







街角で「ママ!」と聞こえてくると

つい、振り向いてしまうのは

自分が親になった人生の経験のプレゼントを娘から頂いたからだと思う。


でも、私は変わらなかった。

娘が出来ても子供仕様の部屋にすることもせず

自分が生きるスタイルだけを貫いて来た。




当時、臨月まで一人でパリの自宅で生き

産む一週間前までピアノ講師として生徒さんの自宅に出向き

出産3ヶ月後は、費用が掛かっても

私立の託児所を探し出し、娘を預けてピアノ講師を再開した。




フランスは何もなければ産後3~4日で退院させられる。

私の場合は会陰の傷が痛くとも、体が痛くとも

退院当日に、歩いて薬局に行き、育児に必要なものを買い回った。

正直、頼る人が、頼れる人がいなかった事も確かだった。

そういう少し寂しい思い出もあるが

今は良い思い出だ。

若しくは、人に頼るのが苦手な性格でもあった。




いつでも、私は私でいたかったし

出産をしたところで、生きる姿勢は変わらないのだ。




きっとパリの女性ってそうじゃない?

私だけではなくて。

パリで専業主婦を探すのが大変な程だから。

今どき、いるのかしら?

少なくとも私の周りは居なかった。

自分の得意な事をもがきながらでも情熱を持って向かっている

女性が殆どだったと思う。

またはそれをバリバリ忙しそうにこなしているセクシーな女性とか。




子供を産むって素晴らしいと思う。

(そうでもない人生も素晴らしいと思う。)


人生が変わるわけだから。

でも、私が変わるわけじゃない。



親として、と言う何とも言えないものを与えられる感覚は
絶品なほどに
どうしようもない気持ちになる。



お花の芽に、愛と言うお水を注ぐ。

だけどその水の量や、肥料を与えすぎても、足りな過ぎても
根や、芽は枯れてしまう。

子供だって同じだ。



非常に過保護に育てられた私にとって
そこだけは強く強調して、経験したから言える。

極端な話、子供は放っておいても大きくなる。




しかし、自分(親)は自分のことを放っておいてはだめだよ。って。



2歳過ぎてから久々に娘と暮らし始めた時に
娘は私のことをイマイチ覚えていなくて、なつかずに
切ない気持ちになってしまった時があったけれど

「ママ!」って言葉だけは私に向かって話せる。
勝手に覚えてヨチヨチ歩いている。


それでいいのではないかなぁと思った。



では、「ママ!」と呼ばれた私の生き方は?




何とも上手くいっていなかった。
日本のシングルマザーに対する雇用はあまりに、ずさんで
足元ばかり見るから、参ってしまった。




子供に自分が出来ることは

自分の演奏を生活の中で適度に提供すること
自分が一流と思うものに触れさせてあげること
フランス的な思想
フランス語
字の書き方
挨拶
優しさ

清潔な身体にしてあげて
ご飯を一緒に食べて
良い睡眠をとらせること。

などなど。









ここでのフランス的思想とは

[Je suis comme je suis} 私は私。




日本は「みんなと仲良くしましょう」「みんなで〜しましょう。」の
教えが常にあるが

仲良くなぞしなくて良いと思う。
喧嘩をしろと言う意味ではなくて
自分と合わない人とは距離を置いて、合う人とだけ居てもいい。
本来それで良い。
だって波動が似ているのだから。
わざわざ一緒にいる必要がない。意味がない。

合わない人もいるんだ、と受け入れる。
受け入れた上で「自分はこう思っている」と討論できる。





そして自分をバカだと言わない。思わない。
そんなことを自分で言ったらヨーロッパでは
「本当にバカなんだ」と思われる。



「自分は素晴らしいんだ、素敵なんだ」と思っていい。





自分の感じていること、考えていることをプレゼンテーション出来て
自分のことが好きな人間


そんな人って素敵だと思う。







このブログタイトル「ママ!」はシリーズ化して行きたいと思う。
何故なら書きたいことが山ほどあるから。



子供が大の苦手で、一生独身で動物とだけ暮らしていければいいと
思っていた私にパリで天使がやってきた。




そして今日のブログの終わりに綴らさせて頂く。

以前アメブロでブログを綴っていた時に誹謗中傷で

「子供を認可の保育園に入れておきながら
好きな音楽だけやっている人間は、とっととフランスへ帰れ。」と
コメントがあった。




あ、このひと。私のブラウンディングに引っかかったな。と。笑

好きな音楽をやって生きて行くには
私の場合、派遣の仕事も、庭師も、販売員も、事務も
ウェイトレスも、他の事も何でも構わずやって来た。


しかしSNS上では、優雅に音楽だけ(コンサート)だけを
やっているように見えたのでしょうね。


だから私のブラウンディングは成功していたのです。



誹謗中傷する方々は、本当は身近で応援してくれている人が殆ど。
わかっています。





最近、この一週間で
大阪パリ祭出演のお誘い、千葉県でのクラシックピアノ演奏のお誘い
名古屋にいた頃に大変お世話になった恩人との再会の手綱...を頂きました。



流れが新しく進化して行きます。





読んでくださり有難うございます。




Amitié



Le son de la Mer
海音






2019年1月26日土曜日

意雲凌(いうんりょう)








娘が1月からバレエのクラスがベビー科から児童科へ進級した。



まだお腹がポッコリで可愛いながらも
小学生のお姉さん達に必死で着いて行こうと一生懸命な姿が
頼もしい。


クラスが変われば、流れる音楽も変わる。
今日は美しい瑠璃色の小さな玉が、沢山流れているような曲で
ショパンの明るく繊細なエチュードを思い出した。





ぼんやり聴いていると
自分の手がウズウズして、胸が苦しくなった。


私はピアノを昔見たく弾きたいのだ。
毎日ピアノを弾きたいのだ。


自分の内側から湧き出て来る欲求は
泉のように溢れ出て、決して止まることはない。






私は
誰のものでもなく
誰の言うことも聞かない。


心から尊敬している人以外は。



誰の言うことも聞かぬが
自分の心の声だけは、絶対に聞くようにしている。



「違和感」と言うものからは
必ず離れるようにしている。



厭、離れざるを得ない状況になるのだ。

特に去年の夏からそう言う状況になっている。

強制終了的な感じで終焉に向かうのだ。







そうしないと次のステージには行けないから
神様がそう仕向ける。

荒治療だ。





そのお陰で美しく羽ばたける。








後悔は無いが戻りたい時はある。
今が一番のベストだとは分かっていても

パリで音楽と共に生きていた時代。
そして本当に可愛い時期の娘を手放してしまった
空白の時間。
その成長の様子が真近で見れるのならば
唯一、過去に戻りたい。




でも、今、元気であるならば
きっと良いのだろうと思う。




想いはあれど、進化していく自分。
それは止められない。




私は誰にも嫉妬しない。
そして興味がない。



一番興味があるのは自分の音楽だから。










本日のブログの題名は



「意雲凌」(いうんりょう)






パリにいる、ある有名な書道家が
君にこの字を書いて欲しいんだ。と提案してくれた言葉。

君なら、よく書けるだろう。


そんなことを言ってくれたが
タイミングが悪く書くことは無かった。





でも、今なら時間を見つけて「意雲凌」と書いてみたい。

意味は「超越、自分を超えてゆく」と言うことだ。

中国の言葉だそうだ。







昔の私、一年前の私を
今の私はずっと飛び越えている。当たり前のように。


昔の私はいないのだ。







同じではないから
新しい曲が書ける。

同じではないから
新しい歌が歌いたい。

同じではないから
楽しい。

同じではないから
自分らしい。





一年前とは比べものにならない自分が
私は好きだ。





何が違うか。


自分を本当に大切にすることを
多分、素直に実行していると言うことだ。





でも、まだまだだ。




自分を超えることは
自分を何に於いても

信じ続けることなのだ。




それに一年前は「ペタンコ靴」
今では「ルブタンの13cmハイヒール」




筋肉の使い方も、まなざしも、それは違いますよ。
楽なペタンコ靴でいる精神と
難儀なハイヒールを履きこなしたい精神。


ルブタンは、人生の流れに大きく及ぼし
もう二度とペタンコ靴には戻れなくなった。



だから昔の自分はもう、居ないのです。



我ながら、シンプルな答え。







Amitié




Le son de la Mer
海音













2019年1月13日日曜日

僕は花になった




   
            





フランスの、その時代の女性といえば

作家のコレット、デザイナーのシャネル、画家のマリー ローランサンだ。




この3人は本当に美しい強さと
強靭な精神と
誰も宿すことが出来ないセンスに、今も満ち溢れていると感じる。





マリー ローランサンは「色の魔術師」と呼ばれ
「音の魔術師」と呼ばれたラヴェルやリストを思い出し
楽しい気分になる。




パリにいた頃にローランサンを知り
シャネルと同じくらいに好きになった「女性」だ。



ローランサンはシャネルとも友好関係があったが
シャネルの愛犬とアンニュイな顔のシャネルを作品にして
プレゼントした所、シャネルはその絵が酷く気に入らず
ローランサンに返したのだが

私はその絵が大好きで 笑
そういうエピソードを踏まえると
シャネルのこともローランサンのことも、より好きになった。



そしてなんと言ってもローランサンは
時代を代表する、かの有名な詩人「アポリネール」の恋人であり
アポリネールの母からプレゼントで貰ったギターを
彼と別れても一生、絵に描き続けている所が
何とも言えない愛を感じて、やまない。


(アポリネールはイタリア系ポーランド人の詩人、作家。
シュールレアリズムと言う言葉を生み出させた本人)

安曇野に以前あった個人所有のマリーローランサンの美術館は無くなり
現在は都内のホテルニューオータニのガーデンコートに移っていたが
明日で終了し、ニューオータニが所有するそうだが
今後の公開は未定なのだそうだ。


少し寂しいと思う。





さて、前置きが長くなったが
今日は何を綴りたいかと言いますと


「ふざけないで欲しい。ふざけるな。」です。








先日思いがけなくサプライズに花束を頂きました。
漆黒の中に私をイメージしたブーケなのです。


感激して喜ばない筈がありません。
こんなサプライズ、粋過ぎて非常に幸せな気持ちになりました。



日本だとあまり男性からブーケのプレゼントはありませんし
前回、頂いた時は安曇野にあるワサビ大農園の館長さんの
濱さんからワサビのお花のブーケでした。

この様な粋な男性が本当に素敵だなと感激してしまいます。























私は
女性は皆、お花だと思っております故に
思うことは多々御座います。


それに「女性」みんな「自分を花」だと思って良いのです。
もしくは「自分だったらこんな花になりたい、好き」だけでも。




ローランサンの絵は人生の波を超えて
成熟していくに連れて
描く女性が皆違う花の様に観えます。




独特な色彩で、微妙なニュアンスがあり
皆、女性は違います。


私自身も「どうしようもない程の微妙な灰色(グレー)に
にわか雨が降りそうな水色や、曙色が混じったお色」が好き。

その時にしか見れない雲の色、太陽の光線、月の陰り。
その様な人であり芸術家であり女性で佇んでいたいと思います。







このブログを読んで下さるあなたが、もし、女性であるならば
あなたは自分を例えると、どの様なお花でしょうか?


どの様なお色を、その花は纏っているでしょうか?

風に揺れているのか、太陽に向かっているのか、雨に濡れているのか






または、月光にまどろんでいるのか







枯れているのか。











では、あなたのアイシャドゥは何色ですか?

ご自分にとても良く似合うお色をご存知ですか?


好きなお花は何でしょうか?

あなたにとって、美しいそのお花を
ご自分にプレゼントしませんか?



男性でしたら

奥様や、恋人や、女友達に
彼女をイメージしたお花を喜びに満ちてプレゼントしませんか?

もしくは、ご自分のお部屋に
美しい女性をイメージした、心地よいお花を飾りませんか?






何を言いたいかと言いますと

「あなた、今、自分の気持ちや、自分を知っているか?
自分を愛し、自分を大切にしているか?」と今日のブログの叫びです 笑




己のことも知らずして
前には進めません。




歳だから?

外見に自身ないから?

結婚していないから?

お金ないから?

時間ないから?

子供いるから?

田舎者だから?







キリがない言い訳を言う人の前から
私は立ち去る様にしています。

ご自分にブロックをかけており
言い訳にしている。



上の〜だからは全て、実は私にも当てはまることなのです。



ただ、自分の音楽だけは強く信じておりましたから
そこから全てが解消へ向かいました。




シンプルですね。






初めて日本の大きなシャンソンコンクールのファイナルに
出場した際に、覚えていて下さった方が多く
良い意味でも、悪い意味でも批評を数多く頂きました。

その中で、どう私の当時のメールアドレスを知ったのか
横浜で活躍している、あるシャンソン歌手の方からメッセージを頂き
驚いたことを今でも覚えております。


当時、私は20代前半でパリでまだシャンソンの修行中でしたが






「千葉さんの様にパリに行き、パリでシャンソンを学んだら
簡単にシャンソンなんて歌える様になれるんだったら
私もパリに行きたいくらいです。私にだって歌える様になりますよね?
どうせ、私は日本で歌ってますよ」と。




良く意味がわかりませんので、二度見しました。
私よりもずっと年上の歌手の方ですが。



お返事は返しませんでした。






私にとっては、美しくない花なのです。これは。






どうせ、とか言っているうちは何歳になっても
ノーコメントか立ち去る対象です。





自分という花を、どう美しく見せるか、どう咲かせるか。
そこだけではないでしょうか。




それで「いとも簡単に」そうなれるのならば
それで良しと思いますが
ほぼ、それはないでしょうね。





シャンソンをパリで学びたければ、学べばいいのです。

ハイヒールに挑戦をしたければ、何歳になっても挑戦すればいいのです。




ただ、そこには「甘え」は必要なく論外ですから
多くを工面して
師に出逢い
切磋琢磨する。




それ以外「道」はありません。




どうせ〜だから、のうちは、墓場まで変わらない人生です。

私はそういう方とお付き合いしたくないだけです。







今日のあなたのアイシャドゥは何色ですか?


私はいつも青みがかったローズか
青みがかった赤か
青みがかった灰色が好きです。



それが、似合っていると知っているからです。








今日も読んで下さいまして
どうも有難うございます。




Amitié






Le son de la Mer
海音






追伸「僕は花になった」はレコーディングはしておりませんが
10年ほど前にパリで作曲した自作曲のタイトルです。





          娘へのプレゼントに購入した本。
          大判ですので見応えがありそうです^^


2018年12月24日月曜日

Cadaux de Noël pour vous クリスマスプレゼントです^^














































こんばんは。

クリスマスイヴを如何お過ごしでしょうか?


先ほど、自宅で録音してみました。

いつもお世話になっております皆さまへ
ささやかですが☆クリスマスプレゼント☆です。

もし宜しければお楽しみ下さいませ。




Cantique de Noëlを日本語と原語フランス語で歌っております。
世界では『O Holy Night』で親しまれております。

日本語題名は「さやかに星はきらめき」です。


どうぞ皆様が心穏やかで温かなクリスマスをお過ごしに
なられます様に。

いつも、どうも有難うございます。

心を込めて。


千葉海音

2018年12月20日木曜日

ASAMIさんとの出逢い









2011年、出逢った頃のASAMIさん



当時、私は何故かネットサーフィンをしており
ASAMIさんに辿り着いた記憶がある。

瞬間的に

「あ、この方とコンタクトを取りたい。」と直感で思い
隈なくASAMIさんのこれまでの人生のブログを拝見させて頂きました。

それは夏の終わり位だったでしょうか。

そして秋も深まる頃にコンタクトを取った記憶があります。


当時、私は10年以上パリに住み続け
その時に持っていたヴィザをはっきりと労働に切り替えようか
色々考えていた頃で
音楽活動もフランス、日本でまずまず出来ていた頃。

しかし、パリと言う街で
何か物足りなさを感じていたことも確かです。

贅沢ですが
心通う友達も、恋人も、音楽環境も、ありました。

(現在もそうですがフランスの方が友人知人は日本より多いです)





そして時が経ち、ASAMIさんからも、フランスからも離れる時
とても泣いた記憶があります。

私はフランスに居たかった。

日本に帰る覚悟がないまま帰国しました。




そしてまた時が経ち
パリで出産した娘の木も
今や6歳になり、日び二人三脚で生きています。



ピアノのお師匠様が昇天され
やはりまたパリの土を踏みたい、逢いたい人に逢いたいと
娘とパリに里帰りをしたのが9月でした。




そしてまたASAMIさんと再会し
ハイヒールに足指先を美しく入れる生活を再スタート致しました。




前置きがなくなりましたが
私は確実に変わりました。
もとい、進化しました。


高価なメゾンのバレリーナシューズも売り払い


現在はハイヒールとスポーツシューズのみです。
(元々私はスポーツが好きなのでシューズは外せない人生でもあります)



やっと最近、本望に足親指の「母指球」に体重を乗せれる意識が
より強くなってきました。

体のどこを使えば美しいのか、そうではないのか。





電車に乗っている女性の姿勢や
椅子に座りながら膝を広げている姿
スマートフォンを覗き込み猫背になっている姿
道や階段を歩く際に大きな音を立てながらパンプスで歩く姿
内股がカワイイ?と思っている変な女子文化
せっかくのレストランやcafeなのに無言でスマートフォンを見ている
人々。
急いで駆け込む姿。



いつも違和感を感じていましたが
より目につくようになりました。





勿論、そちらにエネルギーを取られることはないのですが
反面教師が溢れている現在のおかしくなって来ている日本に
直面します(勿論、そうではない方もいらっしゃいます)。



そして気持ちの面で、思います。


ハイヒールパンプスのハイヒールは
その履く方の心身そのままを、表していると言うことを。



いつも急いでいる人....パンプスのヒールに皮がめくれている女性。

良いパンプスにも関わらずブランドだけを身につけて
実際に「履きこなせていない」....見栄だけの女性

乱暴に履きすぎてヒールが折れてしまう...女性

若い頃からの癖でO脚になりが外側重心の....まだ可愛くいたい女性






私はどちらかと言うと目標は
ハイヒールパンプスの元々もヒールの様な女性になりたい。
そしてあり続けたいです。


最近、より自分の中心が体で取れる様に少しずつなって来ました。
するとどうでしょう?







私は変わりましたね。



ASAMIさんのハイヒールの哲学に毎日触れ
コンサルティングやハイヒールレッスンで
その哲学を自分の中で咀嚼し、変容し....いる結果



そのハイヒールパンプスの美しく存在するヒールの様に
凛と一本で、そこに在る女性に成るべくして
生き始める様になりました。


ハイヒールのヒールの様に生きたいと言う訳です。



一人の人間と出逢い、自分の人生がより美しく変わって行く。

そんな素晴らしいことがあるでしょうか?



しかし、そう言う方に逢えるのは人生に
ほんのわずかです。


私は今までの人生の中でASAMIさんとの出逢いは
5本の指に入るお方です。



初めは、わー、と思っていても
時間と共に、自分の変化と共に消えてゆく人が多い中
静けさの中で強烈に響く印象を残してゆく人は
そんなにおりません。


そして、大切なもの、たくさん、多く在るほど、人生長くありません。





ASAMIさんに再会させて下さったのは
ピアノのお師匠様とのお別れでした。




しっかり、自分らしく、あなたの人間性を奏でて生きなさいと
最後に残して下さった希望だったと思います。


パンドラの箱に最後に残ったものは
「愛」ではなく「希望」だったことを思います。



どちらも途方もなく深いものです。

どちらでも、最期に残して下さった
静かな愛と希望だったのです。







私は自分の気持ちに素直なので
非常に不器用な人間で損するタイプだと色んな人々に今までも
言われ続けて来ました。





最近、お世話になっているコバシャールさんの言葉に

「損したって、いいじゃない。」

「今の時代、みんな自分が得することだけ考えている。」とあり

あゝ、そうそう。本当にそう思うと感動しました。

他の人から見て「損している」と思われても
自分にとって「得(徳)なこと、自分らしいこと」があります。





話が大分、ずれてしまいましたが





ハイヒールをまた本格歴に学び出し、履き始めたら
自分もハイヒールの様な人間に少しずつなりかけて来た。
(日び一歩、一歩ではあるが)


いつも凛として、細い華奢な一本の軸で生きている。
しかし、その細く華奢な一本の軸は「鋼(ハガネ)」であり
誰も、何も自分を揺らがせることは出来ないほどに強靭である。

ソールの曲線は女性の精神としてのしなやかさ、たおやかさである。




ASAMIさんはおもしろい。

人間を進化させる魔力がある。
魔力と言う名の繊細な洞察力、まなざし、揺るがない強靭精神だ。

どこにもない
一つの花(ASAMIさん)です。





ピアノのお師匠様もそうだった。
だから10年も師事し続けた私の本能がある。


自分も人間が強い性質の類だが
自分に必要な人は必ずいる。





身体の軸と、心の軸が
本来の私へ戻る季節に入った今


この季節で良かった。




以前、フランス人の男性にも
「君は本当に強い人間だよ。」と何度も言われた。

より、今、強くなってゆく。



出逢いは人生を変える、とはこう言うことだ。


これから徐々に、良い方向へ私は人生の舵を取る。


そのための美しい西洋の風はASAMIさんであると。




Amitié


Le son de la Mer
海音







2018年12月19日水曜日

ひとりごと

















































本当に自分の波動(エネルギー)に合っているならば
全てはスムーズに行っているはずだと思う。



最近は特にそう感じざるを得なくて
冷え冷えとした心持ちでいたり
やんわり穏やかであった気持で居たり
差がある自分を素直に感じる。



それに強く則って生きる。


自分の気持ちを誤魔化さない。

それこそ
己を放棄していることになってしまうからだ。




冬は好きだ。

自分の心がより澄み渡り
本心が曇りなく見えてくるからだ。

余計なエネルギーは使いたくはない。




今年
美しかったことを思い出す。

無論、良いことで感謝の意味の一年であった。






心に正直にしか呼吸が出来ないので
今までの自分がしてきた選択はもうしない。



自分に正直で居たい
自分を大切にしたい。




自分の領域を大切に、守りたいですし
自分らしく
美しく生きるための方法が一番大切です。



例えば他から変に見られても

私は
自分を大切にしたいのです。




Amitié




Le son de la Mer
海音










2018年12月16日日曜日

少女の顔で、老婆の声 其の一








昔、あるお世話になっていた女性のピアノの先生が仰っていた。



「あの子ね、凄く上手で完璧なのよね。誰も太刀打ちできないくらい。

 でもね、演奏がつまらないのよ。恋したことがないのよ。
 
 または男性と付き合ったことがないものだから。

 ピアノ、いいけど、弾く前に恋をしたらいいのだけどね。

 そしたら最強だと思うんだけどなぁ。エクスタシーがないのよ!

 アルゲリッチくらいの顔、あなた知っているでしょ!

 あれくらいの顔、しなきゃ!」←徐々にヒートアップして行く。









機械的な情熱のピアノ演奏はパリでも幾らでも聴いて来た。
尚の事、日本でも。



先を言うと、要は何でも経験なのだと思う。







まぁ、色々な表現法があるので何とも言えないけれど。


私は情熱的に頭や体を振り乱して弾くタイプの人間(演奏家)ではない。
そう言う余計なエネルギーパフォーマンスを避ける傾向がある。

意味がないから。


それに私はエンターテイナーではないから。







小さな頃から師事していた先生方も
そう言うタイプだったのかもしれない。



淡々と、冷え冷えとした姿勢で弾きながらも
音には色彩があり、温かみがある。



非常に落差があるものが好きで、至極、魅力的だ。






ASAMIさんとのハイヒールレッスンも同じことが言えるだろう。

「余計」な動き、意識を入れない。

「焦点」だけに強く強く、意識をする。

非常に芸術的で理に適っている。



いつも
あゝ、理に適い過ぎていると感動します。










ハイヒールの歩き方も
ピアノの弾き方も

色気や性が非常に重要だと思います。


その波の満ち引きがある様に。







リストの超絶技巧練習は以前、私も得意としていましたが
幾らでも「機械的に」「速く」「超人的」に弾くことは
ある程度のピアニストなら出来ると思います。

リスクは腱鞘炎に成りかねない時もありますが。


しかし「人間的に」「冷酷さ」「温もり」「呼吸」「間(ま)」を

または「神の領域」を



どれだけを持って表現できるかが、人間表現力のおもしろみであり
リスナーにも高揚感や幸福感、清閑的、歴史的悲壮感なものを
身体中で感ずることが出来ると思うのです。


当たり前ですが「機械的」「速さ」は初めは面白がられても
果ては、飽きられます。




感覚の問題ですが
パリである有名なヴァイオリニストの演奏を楽しみに聴きに行った時
(私の偏愛するショスタコーヴィッチのプログラム)


解釈とセンスがあまりにも自分の感受性に合わず
その場に居られなくなり
奮発して良いお値段のお席にも関わらず
一部まで我慢し、休憩中に音楽劇場を出てた。


そして、すたこら家に帰ってしまった思い出がある。


(まだOISTRAKH....オイストラフ(私の愛するヴァイオリニスト)
のCDを家で聴いて居た方が幸せだと思い)




愛してやまないショスタコーヴィッチ ヴィオロン コンチェルト op.99 No.1
(笑いもせず、高揚する顔もせず、ぶっきらぼうな相変わらずなお顔)

しかし
ファイナルをこれまでに圧巻、高揚、勝利で奏でるヴァイオリニストが
どこに、いるであろうか?これぞ全くブレない官能だ(私にとって)




多くの演奏家は体を揺らして演奏する方が多いが
オイストラフは動かない、変わらないポーカーフェイス
音楽は高揚しても、自身の体も顔も高揚しない。

しかし音だけは凄まじい人間性の嵐だ。

何年聴いても、それは変わらない。


Shostakovitch violin concerto op.99 No.1 final
☆音が出ますのでお気を付けてください。


(その他、ショスタコに関する音楽を載せようと思ったが
あまりにマニアック過ぎるので割愛させて頂きます)








好み、そこに含まれる「きっかけ、原因」となんぞや?





思うに


「呼吸」と「官能」ではないでしょうか?





前に述べたように
昔、師事して居た女性のピアノの先生が限りなく仰って居たことに
共通すると思います。



人は、そこを求めますね。




しかし「あけらさま」に分かってしまうような呼吸や
官能は滑稽なピエロです。

本人から自然に醸し出される人生、の音とでも言いましょうか。






「呼吸」と「官能」は重なるものがあります。



そして同じくらい「非常に興味のないもの」でもあります。
私にとっては。





ある意味、幾らでも演技が出来てしまうものでもありますから。


非常に忍耐強く、全くつまらないの時間にもなります。






以前パリで、日本で、歌を歌った時に同じ言葉を頂きました。

まだ20代〜30代のシャンソン下積み時代でしたが

「少女の顔で老婆の声の歌手」と。




私は
それで良い、と当時から本望だと思って居ました。

老婆くらい、生きて居たと思うときがあるからです。

多くは語りませんが

当たり前だ!と叫びたくなりました。





生きること全てが音楽でいる自分にとって
「感じる」何かは常に「餌と肥やし」として生きて来ました。





男性にドキッとすることですか?

その人、それぞれで「これ」と言うものはありませんが

色々冷めている部分も多く

美しい雌猫と一緒に過ごす方が幸せだと思うのは
ワガママでしょうか?







私は変態なのです。







官能ない音楽は、ただの「工事現場の機械音」なのです。



官能とは「呼吸」と「血の流れ」とも言いましょうか。

ただ、そこに何かの「軸」がなければ
かつて生まれなかったものだと
産み出せないものだと思うのです。



その人が孕んで来た
人の道




所謂、「脈」でしょうか。






Amitié




Le son de la Mer
海音









2018年12月14日金曜日

あなた、髪を切らなくて良いから








































髪に魂があり、髪に心がある
頭皮は美の源泉であり、女の生命である。



髪は神への架け橋であるから、多くて長いのが結構である。
美術家などが髪を長くすることは、まことに理由があることで
これでなければ芸術的なよい想いはうかびにくい。

インスピレーションと言うのは、神からの内流である。

頭髪だけは毛といわずにカミというのが神の毛の意味である。




森田要先生のご本に綴られていた。










「あなた、髪を切らなくて良いから、一度サロンへいらっしゃい。」

「とても繊細な髪の毛をしているのね、
声も印象的....女性系...子宮を壊していたのね」



私の顔と頭を見て、すぐさま森田要先生は仰りました。
(森田先生は日本に初めてヘナを紹介した美容師であり
日本語版、英語版と多くを出版させている)


どうして分かるのだろうなあ。と不思議な気持ちになりました。














ある日、そっと森田先生のサロンのドアを開けて見ると
凄い光景が
目に優しく突き刺さりました。


「予約で一杯だから、お茶しか出せないけれど、良かったらどうぞ」




ずっと水音だけが流れていて
太陽光も然程、入らないサロンにも関わらず
植物も花々も非常に強いエネルギーで咲いているのを感じた。



ルーヴル美術館にもある「Jean Batiste CARPEAUX」の彫刻や
草間彌生の初期の作品、多くのインドの神々が祀られている。




甘いお香の中
ぼんやりと座り、先生が出して下さったお茶を飲んでいた。
時々、花々や植物に触れて見たり。




どうして先生は私をサロンに呼んで下さったのだろう。

時間が止まった様なこのサロンで
髪を切らずに佇んでいた。











そして
りんごと私のCDを起き、雨の表参道へ出た。

実は外には出たくない程に、居心地が何とも良かった。






帰り際に、先生が



「髪を切らなくて良いから、またいらっしゃい。これもご縁ですから
どうも有難うございます。」と深々にお辞儀をされました。



それは本当は私がする事なのに。











髪を切らなくてもいいから、またいらっしゃい。

美容師の森田先生はサラっと風の様に仰った。







エネルギーチャージをしに、また行こう。






髪の毛を切らない美容室は初めてだった。






Amitié



Le son de la Mer
海音









2018年12月10日月曜日

蛾の粉を見逃さない






今宵は書きたいことがないのだが、Macに向かおうと何故か思った。


最近はMacを良く持ち歩いている。
家よりもカフェや良いホテルでMacを開く方が気持ちが解放されて良い。




泥水の中に美しい趣のある紅葉に出逢った。

ぼんやり眺めていたが、その時間が良かった。

最近の、名もない時間の出来事だった。







昔、人に自分を言葉で表現するときに

「夜、街灯に集う蛾から舞落ちる、細やかな粉すらも見逃さない人。
 そう言う、人でありたい。」

と言って自分を表現していた。




余談だが
以前、私は蛾の標本収集に加えて、蛾の歌や、「蛾」と言うタイトルの
CDを発表していた。狂気的、しかし豊かで美しい醜さ、が大好きだ。


姿形は違うが、同じ命を持つ生命体として
どうしようもなく、同調、共鳴をせずにはいられない生き物。

それが私にとっては「蛾」だったのだ。

それに蝶よりも美しすぎる蛾は本当に多くいるのだ。


おまけに、パリの標本屋で
蛾の様にべったり張り付いて
時間を忘れるほどに店に入り浸っていた。






そしてピアノのお師匠さんからは

「いつも心の中の美しいガラスコップに、なみなみと水を入れなさい。
しかし、一滴もこぼしてはならぬ。緊張感と自分を律せよ。」と



パイポの煙を気持ち良く燻らせ
鋭い瞳の奥で何度も言われた。



そう生きて来た。



そして最近になり私のパリでの保証人でもあったお師匠さんが
もう、この世にはいないんだな....と思える様になった。





彼のいない今、当時の言葉がいまの私に突き刺さるのだ。








ここ長らく自作曲が浮かんでこない。







突き抜けた青空に、紅葉が映えるよりも

泥の中にたたずむ、この紅葉が好きだ。

それが歌だと、自分の感性を信じている、私は。






Amitié




Le son de la Mer
海音




そろそろハイヒールの事も綴りたい。







2018年10月9日火曜日

美しく生きる覚悟



















それは
まるで地平線のような心である。

どこまで行っても



嵐も
台風も
吹雪も
快晴も
夕暮れも
雨も

如何様であっても変わらぬ「地平線」であること。


私の故郷にある海、三陸海岸の美しい地平線を想う。








また、それは
まるで自分が生まれる前から持っている右手のネジを
自分の左の乳房(心臓)に

こころよく捩じ込むことが出来る時期である



出来ない時期は
こころよく捩じ込むことが出来ないので
血がにじみ出たり、しっくりとネジが入らないのである。











Vivaldi(ヴィヴァルディ)の

「Vespri Solenni per la festa dell'Assunzione di Maria Vergine」
(聖母マリアの昇天の祝日のための厳粛な挽課)


陽気に猛暑のパリで聴いていた私の様だ。
(始めは陽気だが途中から非常にシビアに重くなるのが好きだ
 48分以降の方が一般的に聴きやすいだろう)



Vivaldiはこちら(かなり長いです、秋の夜長にどうぞ)







出産の臨月まで一人でいることを選び
陽気な孤独の中で

担当医のドクトルのロワールの別荘で過ごしたり
パリで自分らしく娘を出産する1週間前までピアノを教えていた。





それは美しく「生きた」覚悟であった。









今はどうであろう。






そういうのは暫く忘れていたと申しましょうか。
また忘れていないと辛かったのであります。






ただ黙々と自分を見つめ
黙々と自分を大切にし
黙々と青や紫の花々を眺めること





今日は沈黙の中に朝から用事があり
その中にいたので


ブツブツと自分の弱さや煩悩が膿の様に出てくる。




























帰りに少し甘いものを飲み、バラとケイトウの花に出逢った。




私は花の様な人が好きなのです。



最近も教会でそのよふな方に出逢ったのですが。











「美しく生きる覚悟」







それは




自分を花だと思い
大切に水を与え、一心に太陽や月に向かい
美しく向上するのみであります。



他は、見ません。






それ以外はありませぬ。






小さい頃に見た、鬼百合や山百合が大好きで
誰にも見られないのにも関わらず



気高く、自分を命の限りに表現し、媚びない。



それは昔オーストリアの山間にひっそりと咲いていた
人知れず咲いて枯れてゆくエーデルワイスに似ていると思った。






しかし
私は人間であり表現者であるので
これからもっと人前に出てゆくでしょう。



地下鉄で揺れる、花束では終われないのです。






今まで出逢った美しい花々に感謝。
















娘もこの世に咲く小さな花です。

どのよふな、花になるのかは知りませんけれど。






2018年10月1日月曜日

わたしの物語



例えば、健康な身体ではないと何も出来ないと言うが

健康な身体でも「心」を無視して働き続けたり、嘘の微笑みを繰り返せば

病んでゆくだろう。





この5年間と少し、わたしは全くそのよふで、疲れてしまったのだ。



だから生き方を変えたのだ。





元々書道の家に生まれ物心着く以前より芸術の世界に身をおき

表現することが全てであり
美しいと思う己の独特の感性を死守して来た。

耽美、退廃美はわたしを作り上げたと言っても過言ではないだろう。





しかし先ほどにも綴ったよふに
母国に戻って来てから、疲れてしまったのだ。



我慢ばかりして来た結果、心身ともに。








私はこのブログが好きだ。

2009年からパリで綴っていたのがこのブログスポットだったこともあり
シンプルでスッキリしていて良い。



ASAMI  PARIS  代表ASAMIさんのご助言で
久しぶりにブログを作る楽しみが増え


Radio Classique(フランス語のラジオ番組の一つ)を静かに流しながら
ブログを綴る。




昔のパリの生活と全く同じで
懐かしい馨がどこからか漂よってくる気がする。



しかしあの頃の独身時代も16区のアパルトマンも、
友人も当時の恋人も師匠も

どこかへ旅立ってしまった。




厭、わたしも旅立ったのだ。




昔のことは自分の名もない、のっぺらな墓の前で夜な夜な
一人で踊っているに等しい。

拍手をしてくれるのはカラスと墓場の看守だけだ。



(パリの雨糸譜はそれでも気に入っているブログであるので残してある)





これから綴ってゆこうか。
「美」と「わたし」がどう生きたいか?


「ハイヒール」とともに。


その美とはなんぞや。








はっきり言うと日本にいて心狭苦しくなる。
それは今に始まったことではなく
小学の頃からどうやって今の環境から飛び出そうか考えていた。



逃げることも、卒業することも、離れることも、辞めることも悪くない。




だからわたしはいつも「風」のように「猫」のように気まぐれでいる。
どこの国にも人にも道にも所属しない。




戻ってくる場所は誰のところでもなく




自分といふ「芯」であり「軸の鼓動」であれば良いと思っている。






あなたに心の奥からの感謝、そして友愛を込めて。

Je vous remercie du fond du cœur et amitié.





〜⭐︎〜 

P.s-1 今日のお写真 愛猫のミロンガと。フランスから連れて来た16歳のムッシュ。