2019年6月17日月曜日
悪魔的でローズマリーの答え
炎天下の中に、風の又三郎みたく歩いているのだけど、私は。
こう言う、娘とブラブラと歩いている時が
一番、自分らしいと感じる。
墨絵みたいな季節や、かすれた声だっていいのだから
色々楽しもうと思うのです。
去年から今日に至るまで、自分の人生の「なりたくないような人」
または、それらを反面教師の「師」と言いたもう。
特に多かったですね。
私は悪魔的に演じることが出来るので(そうではないと表現者ではないでしょ)
お酒を飲んでも、素面でも
どこまでも面倒臭いことになってしまうので
もう一人になることに決めたんです。
まあ、いつもそうなのだけど
娘もいるし
老猫になったミロンガもいる。
人付き合いで
自分に嘘をついて生きるのが一番苦手で厭だから。
日本人の男性はもういいかも。
それに変化、進化して行くことが面白い。
以前は文学的な言葉や漢字を使って表現していたけれど
日本に来てからは「ひらがな」を敢えて使用するようになった。
そのほうが、視界からの響きがあり
詩的だから。
以前、フランスの書物で読んだことがあるのですが
「美しい」とは「気に入っている」
「美しい」とは「目の中にある」
それぞれの解釈なのでしょうけれど、それもあるなと思います。
美しい王道なぞ、人それぞれだから。
私は幼少期から、退廃美を非常に好んで来たけれど
滅びゆく寿命の日まで、貝殻を海岸で拾い集めたいとも思うし
何が正しくて、良いなんて、自分でもわからないでしょう。
変わりゆくのだから。
例えば
10年前まではゲランの香水を好んでいたけれど
現在は、フレデリック マルの香水がお気に入りだし
東京の家の周りのローズマリーやラヴェンダーの香りに包まれたら
幸せだし。
特に、ローズマリーのヘアワックスを纏うことが多いから
「あなたはローズマリーの人ね。」と言われて嬉しかったり。
あとはお酒を最近やめて感じたこと。
大きくは、あまりないです。
神経症が軽くなったこと。
睡眠の質は、言葉には表現出来ないけれど
確実に変化したのは確か。
深く眠れるようになった。
元々、低血圧のため
お酒を夜に飲んでも、飲まない生活に切り替えても
朝は起きれませんね 笑
ただ、寝起きの軽さは流石に違いますし
浮腫まなくなった。
あと、シャンパーニュやワイン瓶が出なくなったから
ゴミ出しの時がシンプルになった、とか。
365日、毎日シャンパーニュやワインを飲んでいたので
変化は身を以て感じます。
今でも家の地下に頂いたものが残っているから
本当に一緒に飲みたい人とだけ
いづれ開けるのかな。
そんな気軽な感じでいます。
絶対、自分はこうじゃないと行けない
美は、こうじゃないと行けない
それは堅苦しいし、事実、そのようなのは美ではない。
自らの心身に、重い枷(かせ)や楔(くさび)をつけるのは
それ自体、もう美ではない。
そのまま、か、無意識の不断の努力のみにしか
生まれないのかしらね、と思います。
私はサーフィンやスキューバーダイビングや素潜りがしたいから
自分の履歴とか全然関係ない人生の選択も沢山したいし
今週は、書道の2次面接試験、音楽のオーディション、声のワークショップ....
色々だけど
やるだけやって来ているから
背伸びしないのが一番。
雨は友だち、風も友だち、だから負けとかも無い。
だけど私は風の又三郎みたくいるのが好き。
Je suis comme je suis!
Instagramが好きなので、日びの揺らぎはこちらでどうぞ。
7月13日(土)は大阪パリ祭に出ます。
今日も呼んで下さり、どうも有難うございます。
amitié.
Le son de la Mer
海音
2019年4月29日月曜日
ASAMI-PARISのハイヒール コンサルティングを終えて -闇の歌は、光と友達です-
闇は星々や月が友達です。
誰か寂しい人がいたら
闇は、その友達と相談をして
静かに優しく光を、永劫に漆黒を貫き通すが
くべてあげるのです。
よく、言われます。
私は小さい頃から恵まれた環境に生まれ
賞を沢山受賞して
パリにも留学し
ピアニスト資格も取り
シャンソンのプロにもなった
子供にも恵まれ
音楽活動をして
小さな一軒家に住み
....
羨ましい!と。
本当にそう思うのか?
そう、確かに私は強運であり、努力家であり....
勝手な想像力で人を作り上げるのは、辞めたまえ。
誰だってそうなのだ。
コンプレックスの塊である己を歌うのは、歌いやすい。
人は堕ちた歌が、悲壮歌が歌いやすい。
しかし「現」として人前に己を晒(さら)すのは
どれだけ、どれだけ、心が引き千切られる様になるのかを。
自分を愛していない人は特にそう、感じるだろう。
今夜、遅い時間にASAMIさんとの時間に幕が下りた。
本当は降りないで欲しかった。
しかし、いつまでも同じ季節はつづかない。
コンサルを始めた9月末は
久々の
パリの里帰りから娘と東京に戻り
コーチを目指すどころか、2011年にASAMIさんからご指導されていた時の
「感覚」
それが思い出せない。
気持ちも、ぐちゃぐちゃ。
今だからこそ、言えるが
追い討ちをかける様に
パリに行く直前にゲリラ豪雨の雷で
家の天井や壁や電灯の多くが落下してしまいボロボロの部屋でコンサルを始めた。
(仕事道具であるフランスから持ち帰った
グランドピアノとハープだけは難を逃れた)
家の中を見渡しては、ため息を吐きながら
....以前、履いていたジミーチューのハイヒールを
5年ぶりに引っ張り出して
フラフラと履き、ASAMIさんの前に現れていたと思う。
7ヶ月は流れ星より早かったと思う。
ASAMIさんの厳しさに、負けん気の私は
「なにくそ、なにくそ!」と思い「自分なりに」立ち向かってきたが
惨敗しっぱなしだった。
まるで口角は上がっているのに、「廃人の歌」でも歌いながら(笑)
喰い付いている様でしかない。
当たり前だ。
以前も少し触れたが
仕事や育児に疲れて
うたた寝してしまい、ASAMIさんの電話で目が覚める始末
お付き合いの飲み会の帰りに
お酒が入ったままでのレッスン
ハイヒールから程遠い土地での仕事で
全く、身体の軸が無くなってしまった時のレッスン。
ASAMIさんは糸も変わらず
いつものまま、真摯に厳しく、向き合って下さった。
....
日本に来てから、目標をなくし
自分をも偽って
自分に見合わない音楽以外の仕事を毎日こなし
シングルマザーでいる日びは
タコの紐が切れてしまった、タコの様だった。
自分と言う「プロ」を辞めざるを得ない状況から逃れられなった。
そこに、本当に久々にASAMIさんの眼差しと精神が
鉄線の火花の様に入って来た。
ASAMIさんに出逢った頃の2011年の私
震災の慰問として日本各地でコンサートを行った(こちらは地元 岩手)
最近、沖縄で出逢ったギニアと日本のハーフの女の子。
アフリカンダンスの時。本当に愛らしく可愛い。
コンサルを終えて
私は、日本の女性の皆さんにお伝えしたいことがある。
それは、もう自分を解放して下さい。
そして、もっとこれから自由になって下さい。
8cmでも、12cmでも、15cmでも
ハイヒールを
お履きになられて歩きたいのであれば
そうしましょう。
アラフォーとかアラサーとかアラフィフとか
ご自分を区切るのは辞めませんか?
(日本はジャンルをつけて色眼鏡で相手を見るのが本当にお得意)
実は私はひどく、潔癖や、コンプレックスで
ミニスカートはもう一生履く事はないと思っていました。
コンプレックスのあまり
凄い若い時から
自分の足に大きなメスを入れて、人体実験や
脂肪を溶かす注射を全身に施したり
病的なくらいでした。
(顔とか整形はしておりませんが)
小さい頃から、もっと、もっと出来る、いつも1位を目指し
しかし、反対にはデブ、ブス、大根足と言われ
もう逃げ場がなかった時代があります。
はっきり言うと常に心は爆発寸前で
岡本太郎が大好きだけど
黙って口だけ笑っているタイプでした。
だからね、私は言いたいのです。
どんな体でも、いいから
ハイヒールをお履きになりたければ
是非、履きましょう、履いてみませんか?
ミニスカートをお履きになりたければ
何歳であろうと履いてみませんか?
ただ、心をそう決めたのなら
一緒に
第一歩を、歩みませんか?と。
何故なら
私はASAMIさんのコンサルを受けて
履きたいハイヒールも
纏いたかったミニのワンピースも
人生で初めて、選べる自信や
己の解放ができる様になったからです。
最後に
以前、パリで最後に住んでいたアパルトマンの近くに
マリアカラスが孤独に晩年住んでいたアパルトマンがあり
いつも、ピアノのお生徒さんの家からの帰りや
コンセルヴァトワールからの帰りに
彼女のいたお部屋を、眺めていた。
ああ、彼女も孤独だったのだな。
だったら
私もやっていけるな、と。
彼女とは桁違いなくらいの、自分かもしれないけれど
また、一からやって行けるな、と。
その時々を思い出し
静かに始動してゆくのです、人生は。
ASAMIさんへ、限りない愛とともに。
いつも読んで下さる皆様へ
笑顔を込めて。
私は出来るのであれば
本当は全てに女性に寄り添いたいです。
出来る限りですが
音楽家としても、ハイヒールコーチとしても。
それは
誰にも言えないことばかりの人生を過ごして来たからです。
闇の歌は、光と友達です。
***
Le son de la Merのハイヒールレッスン
および音楽レッスン(ピアノ、仏語シャンソン)
5月15日(月)より始めさせていただきます。
近日中より、募集を開始いたします。
Blogの右側にある連絡フォームより
ご予約、お問い合わせを受け付け承ります
***
Amitié
Le son de la Mer
海音
2019年4月12日金曜日
唇に、赤い歌を乗せる
影遊び
赤い口紅をつけることは、コンサートの時か撮影の時のみだった。
しかし、先日のモニターレッスンの際は忘れていたが
赤い口紅をつけていたことをASAMIさんが教えて下さり
あゝ、そうだった...か。と朧げに記憶を心に映した。
一生懸命過ぎたのと、娘の体調があまりに酷かったので
自分が何色の口紅を乗せたのか憶えていなかった。
もしくは
そういう時だからこそ「赤い口紅」を無意識に選んでいたのか。
そして普段の生活から赤い口紅を乗せることは
また新たな未来を描くことになりそうだ。
以前、真っ赤な髪の毛にしたり、真っ赤なコートを纏っていた。
今は自分も進化し、もう、そうではない。
そうか、だったら
唇に赤い歌を乗せればいい。
普段、口紅は青いベージュや青いピンクしか乗せなかった。
以前、私の目を赤色と青色で描いてくれた画家がいた。
だから
どちらでも良いのだ。
選択は。
1日の質を上げる「選択」をすると言う事。
そうそう、先日、娘の入学式でブルタンのオープントゥの
ハイヒールを履こうと思っていたが
あいにくの大雨で、泣く泣く数年前に履いていた
ベーシックなパンプスに変更することにした。
心の中ではルブタンやジミーチュウよりもヒールが低いし
当時は吸い付くように、自分にとっては履き心地の良い
ハイヒールであったので
久しぶりでも大丈夫であろうと思ったのが最後。
本当に久々に、酷い靴づれになり
我慢出来ぬほどに...皮が大きく深く刳れていた。
ASAMIさんとのハイヒールレッスン時にも支障がある為
ハイヒールを履いてのウォーキングはASAMIさんのお計らいで
女性の性のストレッチに変更をして貰った程であった。
それ位、痛みをかばってしまう自分を分かっていたので
本当に的確なASAMIさんの変更が天国に感じて仕方なかった。
ASAMIさんが仰ったこと、それが
「もう波動が違いすぎるのですよ。」
確かに。
その靴づれを起こしたハイヒールパンプスは
お値段もお手頃、ヒールも7-8cm、形の無難
メゾンではなく
国産の女性アパレルメーカーから出ている物であった。
そうか。
あの頃の自分ではもうないのだから
あの頃の「波動」のハイヒールを履いていたら
それは靴づれになるのだな。
当たり前なのだな。
今はもう、違うのだもの。
「波動」や「質」とは
この「日常」から選ぶもので全てが変わってくる。
かつて、数年前はこのパンプスが己にとって
一番履き心地が良く、気に入っていた。
しかし、今は、私の足を引っ張るものとなっていた。
それは、ふと思えば
人間関係もそういう時があるだろう。
全ては同じで繋がってるいる。
潔く、そのパンプスを手放し
私は新しい外用のルブタンを迎えたいと思うようになった。
赤い薔薇の歌を、唇に。
今の私の呼吸を、足先に。
心軽やかに
明日はどこかへ探しに行こうか。
春だ、春だから。
Amitié
Le son de la Mer
海音
2019年4月9日火曜日
靴と、子どもと、老子(モニターレッスン後に蘇る思い)
近所の川
このブログを綴る前に祈りたい事がある。
それはある小さな少年の事だ。
先日、娘の新しい運動靴を靴屋さんへ購入しに行った際に
あまりに酷い光景と言葉を見た。
きっと、その母親は家でもその少年に罵声と虐待をしているであろうと
直感で感じた。
この靴が欲しい、これは?と持ってくる少年に母親は
「高いんだよっ!うちには金がないんだよっ!」云々叫ぶ母親。
この母親、特別ではない。
何故なら、昔の私もそうなりそうだったから。
少年の姿を私は見ていられなかった。
それからずっと少年のことを思い出し
その子が豊かで笑顔のこれからを想像し
明るい顔で母親といることを描きながら夜空を仰いだ。
そしてお金が無いと言いながら、子供達よりふくよかな体格。
これはもう自己管理が出来てない
だらしないものだった。
子供に泣け無しの量でも多く分け与えていたら
そんなことに、ならないであろう。
気が遠くなる瞬間だった。
娘も新しい靴を試して、一生懸命に履いている最中に
その罵倒する声を、驚いた顔で聞いていた。
私は見せたくなく、聞かせたく無かった。
子供に欲しい、履きたい運動靴を購入する。
しかし色々、どの家庭でも事情がある。
ただ
私は娘が欲しい靴や、運動靴を小さなうちは
いつまでも買ってあげれる親でいたいと思った。
その光景が私に見せた、ある見知らぬ親子の映像は
きっと色々な意味が心に流れ、とめどなく心をえぐられた。
その幼い少年が、今夜ゆっくり眠れているように
小さく祈るのだった。
先週の土曜日にモニターレッスンを行った。
実はその二日目から娘の体調が崩れ、39度のまま下がらなかった。
しかしモニターレッスンの時間は迫って来た。
当日は復習や、確認をする余裕が無かった。
モニターレッスンの前後に小児科に連れて行ったからだ。
こう言う時は、よくある。
本業の音楽にさえ、100練習していても
本番直前にアクシデントや、如何しようも無い事が。
そう時は、あきらめる。
老子が昔、語ったはずだ。
「あきらめよう、そうしたら上手く行く。」
もがく程、苦しい。
あとは呼吸を整えてその時をお迎えする。
もう、そうしようと決めたのだった。
モニターレッスンの最中は、回数を誤ってお伝えしたり
モニターの全身のバランスをあまり多く見れず
伝えきれない注意点が沢山あったことが
レッスン後も私の心の蟠り(わだかまり)として残った。
しかし、モニターである彼女の上半身は美しく
猫背にも反り腰にもならない軸があった。
これは本当に素晴らしいと思い、思わず何度も
「素晴らしいですね!」と声をかけずにはいられなかった。
私であったら、右か左に傾き、初回は必ず...かなりの猫背であったから。
それにしても、指導することは本当に難儀である。
以前、ヨガのインストラクターの学校に通っていた事があるが
後半でやめてしまった。
何故なら
シンプルに「指導」が自分には持って行けないと感じたからである。
音楽の指導も、より自分が研鑽を積んで行かずして
やっては行けないものだ。
人前で話すことや、表現することは職業上、慣れている。
そしてASAMIさんの「声の哲学」も非常に興味深く
自分に善い探究心を持たせてくれた。
お陰様でより深みのある話仕方を、身に沁みこませている。
だが、本番となった時
たまに緊張から来る、吃る瞬間があった。
そしてモニターさんが
「こんなにも、濃くてハードなレッスンだとは思いませんでした。」と
美しい汗をかきながら真摯に語って下さった事が嬉しかった。
みっちり、2時間
娘の熱が39度であろうと
気持ちを切り替えて、モニターと向かい合えた事だけは
やり遂げたと思った。
(レッスンの内容の細かな指導の良し悪しは別とする。)
やはり、色々な親がいるから
私みたいな親にも、以前はブログを通して誹謗中傷があったが
ただ貫くだけなのだ。
人のことなぞ、言えないではないか。とね。
思う方もいるのでしょうが
だけど、やるしかないですから。
子供にうちにはお金がない!と罵倒するなら
あなたがあなたらしく、働く努力をすべきだから。
甘えるな、と。
お話を戻します。
モニターで来て下さったEさん
またお逢い致しましょう。
自分に多くを気づかせて下さるお時間を
本当に有難うございました。
春風と一緒に尋ねて来て下さり
そして今後の道標を残して下さいました。
心からお礼を申し上げます。
そして、いつもこのブログを読んでくださる皆様にも
感謝を込めて。
Amitié.
Le son de la Mer
海音
2019年1月26日土曜日
意雲凌(いうんりょう)
娘が1月からバレエのクラスがベビー科から児童科へ進級した。
まだお腹がポッコリで可愛いながらも
小学生のお姉さん達に必死で着いて行こうと一生懸命な姿が
頼もしい。
クラスが変われば、流れる音楽も変わる。
今日は美しい瑠璃色の小さな玉が、沢山流れているような曲で
ショパンの明るく繊細なエチュードを思い出した。
ぼんやり聴いていると
自分の手がウズウズして、胸が苦しくなった。
私はピアノを昔見たく弾きたいのだ。
毎日ピアノを弾きたいのだ。
自分の内側から湧き出て来る欲求は
泉のように溢れ出て、決して止まることはない。
私は
誰のものでもなく
誰の言うことも聞かない。
心から尊敬している人以外は。
誰の言うことも聞かぬが
自分の心の声だけは、絶対に聞くようにしている。
「違和感」と言うものからは
必ず離れるようにしている。
厭、離れざるを得ない状況になるのだ。
特に去年の夏からそう言う状況になっている。
強制終了的な感じで終焉に向かうのだ。
そうしないと次のステージには行けないから
神様がそう仕向ける。
荒治療だ。
そのお陰で美しく羽ばたける。
後悔は無いが戻りたい時はある。
今が一番のベストだとは分かっていても
パリで音楽と共に生きていた時代。
そして本当に可愛い時期の娘を手放してしまった
空白の時間。
その成長の様子が真近で見れるのならば
唯一、過去に戻りたい。
でも、今、元気であるならば
きっと良いのだろうと思う。
想いはあれど、進化していく自分。
それは止められない。
私は誰にも嫉妬しない。
そして興味がない。
一番興味があるのは自分の音楽だから。
本日のブログの題名は
「意雲凌」(いうんりょう)
パリにいる、ある有名な書道家が
君にこの字を書いて欲しいんだ。と提案してくれた言葉。
君なら、よく書けるだろう。
そんなことを言ってくれたが
タイミングが悪く書くことは無かった。
でも、今なら時間を見つけて「意雲凌」と書いてみたい。
意味は「超越、自分を超えてゆく」と言うことだ。
中国の言葉だそうだ。
昔の私、一年前の私を
今の私はずっと飛び越えている。当たり前のように。
昔の私はいないのだ。
同じではないから
新しい曲が書ける。
同じではないから
新しい歌が歌いたい。
同じではないから
楽しい。
同じではないから
自分らしい。
一年前とは比べものにならない自分が
私は好きだ。
何が違うか。
自分を本当に大切にすることを
多分、素直に実行していると言うことだ。
でも、まだまだだ。
自分を超えることは
自分を何に於いても
信じ続けることなのだ。
それに一年前は「ペタンコ靴」
今では「ルブタンの13cmハイヒール」
筋肉の使い方も、まなざしも、それは違いますよ。
楽なペタンコ靴でいる精神と
難儀なハイヒールを履きこなしたい精神。
ルブタンは、人生の流れに大きく及ぼし
もう二度とペタンコ靴には戻れなくなった。
だから昔の自分はもう、居ないのです。
我ながら、シンプルな答え。
Amitié
Le son de la Mer
海音
2019年1月21日月曜日
明日も履こう、ルブタンを。
先日、ルブタンのクラシックタイプの黒を拝見しに
ランデヴー前にお時間があり、伊勢丹へ行った。
自分のコンサート用にも
今後の生活の中にも紡ぎ上げていきたいと感じている
ルブタンのクラシックタイプ。
しかし、私には葛藤もあった。(ある、の現在形)
私自身の身長は151-152cmで高い方ではない。
コンサート時はどうしてもカッチリしたタキシードや
今後は洒落た燕尾服など(ドレスも然りだが)着る。
そうなると、やはり欲しいのは
「着熟す(きこなす)身長」がある程度、必要であること。
その前に「姿勢」は基本中の基本なのであるが
私の場合はその次にある程度「身長」が必須であるパフォーマンスの
服を着こなす。と言うこと。
これは今に始まった訳では無い「悩み」「考え事」であった。
マレーネ ディートリッヒやシャーロット ランプリング
オスカル(ヴェルサイユの薔薇)が
美しくタキシードを着こなしている姿は絶品であり
何年経っても色褪せない。
私も、そうなりたい。と思い描いたのは
小学生の頃からであった。
話は戻るが「クラシックタイプ」はやはり美しい。
しかし、もう少し贅沢を言えるなら
やはり自分自身には「衣装」を、と考えるのならば
「プラットフォームタイプ」は魅力的だ。
(無論、どちらかだけに拘るのは好きでは無いから
どちらも」愛し....基...どちらにも愛される身体の女性でありたいし
目指すのみです)
伊勢丹のルブタンのスペースに行き
ルブタンという芸術品をゆっくりと眺めて楽しんでいると
目の中に飛び込んできたのが
こちらの桜色の13cmハイヒールだった。

目が離せなくなってしまい
お目当のクラシックタイプの黒とは全く違うタイプに
一目惚れをしてしまったのだ。
自分でも、女心は秋の空だ...と苦笑いしてしまった。
そして、購入。
人生初のルブタンは桜色のハイヒールになった。
家に着き、笑顔でうっとりと...そのルブタンを何度も眺め
そっと足を忍ばせた瞬間に地獄へ行った気持ちになった。
「桜色天国から→地獄へ」はまさにこの通り。
今まで家でスリッパとしても履いていた
ジミー チューのハイヒール(プラットフォーム)がどれだけ
天国であったのか思い知った。
漫画で描けるほどに
四つん這いになり、どんより落ち込み、沈む私である。
笑ってしまう。
足も体も(ついでに心も)震えてしまうくらい
ルブタン13cmに体、筋肉が全くついて行っていない。
その現実を、足を忍ばせてすぐに突きつけられたデビューであった。
強いて言うならば
9月末から始めたASAMIさんのコンサルとハイヒールレッスンを
もう一度、一から始めないといけないのかもしれない...と
独りよがりに絶望がよぎったのも確かであった。
こんなに美しいのに、地獄なんて....!
だからこそ美しいのである!
(己は全くM女(嬢)ではありませんけれど
素直に膝ま着きたくなるのが....唯一のルブタンですね。
他は膝ま着きたく無いです)^^;
その後、ASAMIさんのハイヒールレッスンとコンサルを受けた後に
心に降って来たものは
「私は、今後、このルブタンを履き、人生を歩むのであれば
今まで通りの人生は、このハイヒールにはそぐわない。」
「私自身を改革しなけば、このハイヒールは私を喜ばないであろう」
「しかし、この思いを選ぶのならば、人生はより凛とした深い軸を持ち
素晴らしい「自分の道」を歩むことになるだろう」
と言うことだった。
そしてASAMIさんが仰る通り
ルブタンを履いてしまうと....他のハイヒールが履けなくなる。
それが至極、やっとわかった。
この魔的、魔物的なエネルギーは
人の心も虜にしてしまうほどだ。
だからこそ
ハイヒールの履き方を知らない女性が
このルブタンを履きこなせないことが嫌な程に明確になる。
それは「ルブタンに履かれた女」になってしまうと言うことだ。
可哀想だが、現実だ。
さあ、今日もルブタンを履きます。
震えは、今後のルブタンとの未来へ繋がる感動の震えであろうと思いたい。笑
私は
あまり怖いものがなく、怖じけずかない、生意気な人間だ。
だけど、ルブタンには地獄へ落とされた。
同時に、これからの自分の生き方への「新しい美しい水」を
注いでもらった経験をもらった。
明日も履こう、ルブタンを。
Amitié
Le son de la Mer
海音

2019年1月13日日曜日
僕は花になった
フランスの、その時代の女性といえば
作家のコレット、デザイナーのシャネル、画家のマリー ローランサンだ。
この3人は本当に美しい強さと
強靭な精神と
誰も宿すことが出来ないセンスに、今も満ち溢れていると感じる。
マリー ローランサンは「色の魔術師」と呼ばれ
「音の魔術師」と呼ばれたラヴェルやリストを思い出し
楽しい気分になる。
パリにいた頃にローランサンを知り
シャネルと同じくらいに好きになった「女性」だ。
ローランサンはシャネルとも友好関係があったが
シャネルの愛犬とアンニュイな顔のシャネルを作品にして
プレゼントした所、シャネルはその絵が酷く気に入らず
ローランサンに返したのだが
私はその絵が大好きで 笑
そういうエピソードを踏まえると
シャネルのこともローランサンのことも、より好きになった。
そしてなんと言ってもローランサンは
時代を代表する、かの有名な詩人「アポリネール」の恋人であり
アポリネールの母からプレゼントで貰ったギターを
彼と別れても一生、絵に描き続けている所が
何とも言えない愛を感じて、やまない。
(アポリネールはイタリア系ポーランド人の詩人、作家。
シュールレアリズムと言う言葉を生み出させた本人)
安曇野に以前あった個人所有のマリーローランサンの美術館は無くなり
現在は都内のホテルニューオータニのガーデンコートに移っていたが
明日で終了し、ニューオータニが所有するそうだが
今後の公開は未定なのだそうだ。
少し寂しいと思う。
さて、前置きが長くなったが
今日は何を綴りたいかと言いますと
「ふざけないで欲しい。ふざけるな。」です。
先日思いがけなくサプライズに花束を頂きました。
漆黒の中に私をイメージしたブーケなのです。
感激して喜ばない筈がありません。
こんなサプライズ、粋過ぎて非常に幸せな気持ちになりました。
日本だとあまり男性からブーケのプレゼントはありませんし
前回、頂いた時は安曇野にあるワサビ大農園の館長さんの
濱さんからワサビのお花のブーケでした。
この様な粋な男性が本当に素敵だなと感激してしまいます。
私は
女性は皆、お花だと思っております故に
思うことは多々御座います。
それに「女性」みんな「自分を花」だと思って良いのです。
もしくは「自分だったらこんな花になりたい、好き」だけでも。
ローランサンの絵は人生の波を超えて
成熟していくに連れて
描く女性が皆違う花の様に観えます。
独特な色彩で、微妙なニュアンスがあり
皆、女性は違います。
私自身も「どうしようもない程の微妙な灰色(グレー)に
にわか雨が降りそうな水色や、曙色が混じったお色」が好き。
その時にしか見れない雲の色、太陽の光線、月の陰り。
その様な人であり芸術家であり女性で佇んでいたいと思います。
このブログを読んで下さるあなたが、もし、女性であるならば
あなたは自分を例えると、どの様なお花でしょうか?
どの様なお色を、その花は纏っているでしょうか?
風に揺れているのか、太陽に向かっているのか、雨に濡れているのか
または、月光にまどろんでいるのか
枯れているのか。
では、あなたのアイシャドゥは何色ですか?
ご自分にとても良く似合うお色をご存知ですか?
好きなお花は何でしょうか?
あなたにとって、美しいそのお花を
ご自分にプレゼントしませんか?
男性でしたら
奥様や、恋人や、女友達に
彼女をイメージしたお花を喜びに満ちてプレゼントしませんか?
もしくは、ご自分のお部屋に
美しい女性をイメージした、心地よいお花を飾りませんか?
何を言いたいかと言いますと
「あなた、今、自分の気持ちや、自分を知っているか?
自分を愛し、自分を大切にしているか?」と今日のブログの叫びです 笑
己のことも知らずして
前には進めません。
歳だから?
外見に自身ないから?
結婚していないから?
お金ないから?
時間ないから?
子供いるから?
田舎者だから?
キリがない言い訳を言う人の前から
私は立ち去る様にしています。
ご自分にブロックをかけており
言い訳にしている。
上の〜だからは全て、実は私にも当てはまることなのです。
ただ、自分の音楽だけは強く信じておりましたから
そこから全てが解消へ向かいました。
シンプルですね。
初めて日本の大きなシャンソンコンクールのファイナルに
出場した際に、覚えていて下さった方が多く
良い意味でも、悪い意味でも批評を数多く頂きました。
その中で、どう私の当時のメールアドレスを知ったのか
横浜で活躍している、あるシャンソン歌手の方からメッセージを頂き
驚いたことを今でも覚えております。
当時、私は20代前半でパリでまだシャンソンの修行中でしたが
「千葉さんの様にパリに行き、パリでシャンソンを学んだら
簡単にシャンソンなんて歌える様になれるんだったら
私もパリに行きたいくらいです。私にだって歌える様になりますよね?
どうせ、私は日本で歌ってますよ」と。
良く意味がわかりませんので、二度見しました。
私よりもずっと年上の歌手の方ですが。
お返事は返しませんでした。
私にとっては、美しくない花なのです。これは。
どうせ、とか言っているうちは何歳になっても
ノーコメントか立ち去る対象です。
自分という花を、どう美しく見せるか、どう咲かせるか。
そこだけではないでしょうか。
それで「いとも簡単に」そうなれるのならば
それで良しと思いますが
ほぼ、それはないでしょうね。
シャンソンをパリで学びたければ、学べばいいのです。
ハイヒールに挑戦をしたければ、何歳になっても挑戦すればいいのです。
ただ、そこには「甘え」は必要なく論外ですから
多くを工面して
師に出逢い
切磋琢磨する。
それ以外「道」はありません。
どうせ〜だから、のうちは、墓場まで変わらない人生です。
私はそういう方とお付き合いしたくないだけです。
今日のあなたのアイシャドゥは何色ですか?
私はいつも青みがかったローズか
青みがかった赤か
青みがかった灰色が好きです。
それが、似合っていると知っているからです。
今日も読んで下さいまして
どうも有難うございます。
Amitié
Le son de la Mer
海音
追伸「僕は花になった」はレコーディングはしておりませんが
10年ほど前にパリで作曲した自作曲のタイトルです。
娘へのプレゼントに購入した本。
大判ですので見応えがありそうです^^
2018年12月19日水曜日
ひとりごと
本当に自分の波動(エネルギー)に合っているならば
全てはスムーズに行っているはずだと思う。
最近は特にそう感じざるを得なくて
冷え冷えとした心持ちでいたり
やんわり穏やかであった気持で居たり
差がある自分を素直に感じる。
それに強く則って生きる。
自分の気持ちを誤魔化さない。
それこそ
己を放棄していることになってしまうからだ。
冬は好きだ。
自分の心がより澄み渡り
本心が曇りなく見えてくるからだ。
余計なエネルギーは使いたくはない。
今年
美しかったことを思い出す。
無論、良いことで感謝の意味の一年であった。
心に正直にしか呼吸が出来ないので
今までの自分がしてきた選択はもうしない。
自分に正直で居たい
自分を大切にしたい。
自分の領域を大切に、守りたいですし
自分らしく
美しく生きるための方法が一番大切です。
例えば他から変に見られても
私は
自分を大切にしたいのです。
Amitié
Le son de la Mer
海音
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