近所の美しい夜
「海音さんの一年後を綴って下さい。」
そうASAMIさんが仰られ、
「1年後か...」と心の中で呟いていた。
以前もこのブログに綴ったがパリにいた頃は
3ヶ月後、半年後、1年後、3年後、5年後、10年後のヴィジョンは
いつも描いていた。
日本に来てからは明日の事しか、考えなくなって数年経つ。
そんな自分が1年後を描くのなら
それはもう、嘘でもいいから
何でも綴りたくなる。
いいのです。それで。
脳は騙されるから。
その幸せというものに。
やはり私はパリに呼吸し
そして音楽家として真面目に生きて
自分の呼吸の選択。
海辺に多く訪れ
作品を創作したい。
多くの場所でコンサートを再開し
表現ある人生を謳歌し
音(恩)返しをしてゆく。
多くの方に
私の表現を聴いてもらうチャンスが欲しい。
大きなコンサートを増やして行き
地方公演、都内での開催も増やして行く。
可愛い小さな近い夢ですと
クリスチャンディオールの新作のミニトートバックに
娘と私の名前を刺繍してもらい一緒に使いたい^^
最終的には私は「音楽」である。
音楽家だから。
だから音楽のことを考えたり、感じたいりしている、音楽に生きる
清閑で精力的な一年後にしたい。
今はまだ雑念や、雑音が多すぎる。
ピアノを生徒さんに教えて家に帰り
少しヘトヘトだけど22時まで自分のピアノを弾き
22時以降は簡単な夕ご飯と赤ワインを一人で嗜む生き方が
パリでの生き方だった。
本当に充実していた。
そんな生活を愛していた。
そして、ライブを企画し
自分の表現の場を大切に持つこと。
1年後、.....1年後は
パリと東京で生き
愛していた生活の素晴らしい延長と
今の自分が出来うることの精一杯を提供できる「美の生活」のみ。
だって私は望むものが
本当は昔から決まっていて、変わることなく
むさぼってでも、這いつくばってでも
それを、つかんで来た人間だから。
盆栽もそうだけど、枯れたと見せかけて
そうでは、ない。
口ではいくらでも言えるかもしれないが
間違ってでも誰かのために表現はしない。
それに、人に尽くす人生はもう...しない。
自分に生きて、自分に死ぬ人生にしたい。
いつも、いつの日も。
だから、1年後は人間らしくより美しく輝く人間になり
今もよりも、後姿と横顔が美しい人間でいたい。
今までとは同じ選択をし続けないということだ。
自分の負の連鎖を断ち切る、と言うことだ。