2019年3月25日月曜日

モニターレッスン募集のご案内

 {お陰様でモニターレッスン希望者が決定致しましたので
募集を締め切りとさせて頂きます。
ご応募をどうも有難うございました! }

今回、ご希望に沿うことが出来ませんでした希望者様には
また今後、繋がれるご縁が有ります様、精進して参ります。

これから、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 (2019.3.26 千葉海音)






昨年9月末よりASAMIさんのハイヒールレッスンとコンサルティングを
受講して参りました。


後、約1カ月ほどで卒業となりますため
私の自宅でのモニターレッスン募集をお知らせ致します。


この機会にハイヒールを履くための
身体の使い方、心の感じ方を体験して
春を迎えてみませんか?



これからハイヒールを美しく颯爽と履いてみたい方

まだハイヒールにご縁がないが興味を持っておられる方

現在、既にハイヒールをお履きになられているが
基礎から心身を整え、美しくハイヒールを履きたい方....etc


動機はどのような想いでも構いません。


美しいハイヒールと、ご自身に向き合うお時間を
感じて頂けたらと思います。



私はピアニスト、書道家として幼少期より前のめりな姿勢で
長らく表現をし続けて来ました。

美しくない姿勢をフランス パリで
ピアノのお師匠さんに10年間、ご指摘を頂き

ASAMIさんに再会し、昨年秋よりASAMI-PARISメソッドの
学びを頂き、美しい姿勢を保てるようになりました。


美しい姿勢は人間として、表現者として、女性として
メリットしかございません。

ハイヒールを美しく履き、姿勢も良くなり、健康な身体、心身の軸も
恩恵として頂きました。

その恩恵は
ASAMI-PARISの「ハイヒールの哲学」によるものです。


この機会に触れて感じてみて下さいますと
幸いでございます。




             ***要項***




*日時 2019年4月6(土)、7(日)、10日(水)
    この3日間で可能な曜日
   (いづれも11時から18時の時間帯の中からお願い致します)


* 募集人数 先着1名


*連絡先  paris.chanson.piano@gmail.com


* レッスン時間 90~120分


*レッスン場所 都内 杉並区 中央線、総武線、東西線沿いの自宅
        (詳細は後日お知らせ致します)

*レッスン内容  1.ハイヒールに必要なストレッチ
         2.素足のエクササイズ
         3.ハイヒールを実際に履いてのレッスン
         4.女性の美しさ(性)を高めるエクササイズ


*持ち物 ハイヒール


*ひとこと 

・ASAMI-PARISの卒業コンサルティングのモニター募集の為
 レッスン中はビデオを撮影させて頂きます。
      
・私がコーチとしての指導をASAMIさんが拝見した後に削除致します。
      
・ストレッチに必要なヨガマットはこちらで用意させて頂きます。
      
・当日は身体のラインが見えやすいワンピースやスカートで
 お越し下さいませ。




皆様のご応募を心よりお待ち申し上げております。



心を込めて。



Le son de la Mer
海音







2019年3月19日火曜日

醜態から、美しい私へ。





          春雨のしずく







心と体が繋がっていないとしたら
どうだろう?


ここ最近、ご縁から離れた演奏家の方がいるが
その方が有名であれ、どんな生い立ちであれ
どんなに素晴らしい世界を持っていても
立ち去らねばいけない「見極め」がある。


それは「人間性」である。




観衆には見せない、現実の本性を身近で感じ
ある心の旋律を理解してしまった時

どんなに素晴らしいと称される演奏家からも
私はすんなりと、その人から去る。



長年、音楽の世界にいると
性格は酷くても、演奏は別だから。とよく聞くし、言われる。

ふむふむ、しかし、自分がやって気持ち良い演奏家としか
私は一緒にやりたくない。


それは健常者であっても、そうでなくともだ。












昨年9月末から
ASAMIさんのハイヒールレッスンとコンサルティングを学び


「軸」と言うものを


言葉や意味、だけではなく強く再確認させられております。




自分の「軸」で生きることは「当たり前」のような気がします。
しかし、子供になり、外の世界に出、社会に出

特に日本の教育というのは「自分軸」を育てるものではないので
消滅していくことも
そう、「あぶく」のように軸は消滅させられる時々が
あるのかと私は子供の頃に体験しそうになりました。



それは、皆と仲良く、集団、協調性。
その中での「いじめ」など。



ちょっと目立ったり、自分の意見を言うと白い目で見られたり
笑ってしまうことばかりなので




出る杭は打たれていいし
私などはあまり人に興味を持たないので
ヤキモチや嫉妬すら無縁の人生です。



何故、「ハイヒールの哲学はブレない生き方へ導かれるのか?」



冒頭でも述べたように、いくら「自分軸」がある表現者がいたとしても
その「軸」自体がひん曲がっていても本人は気付かずに
その「軸」を正当化して突き進むのだろうと思います。




哀れなことよ。




自分の「軸」がまっすぐだ、と強く信じ真っすぐだとしても
誰かから見ると非常に曲がっていたりする。
それはそれで良い人生なのかもしれませんが


昨年秋からASAMIさんは毎回、根気強く、忍耐強く
私が本来、真っ直ぐだ、と信じていた
いつも曲がった姿勢を指摘し続けて下さった。



長年の癖は、誰もこの歳になると正してはくれない。



体の中心、所謂、インナーマッスルを「意識」する。
「母指球」に体重を乗せて歩くことを「意識」する。
「腹筋、背筋」を「意識」する。
「肩甲骨」を「意識」する。


そうすると段々、体から湧き上がる血潮が「本来」の
「私」を「意識する」ようになる。






そして「纏う(まとう)」と表現される
美しいものに負けない心身を持つことがやっと土台として紡がれる。


どんなにオートクチュールのドレスを纏っても
ルブタンの美しいハイヒールに足を忍ばせても
何千万円のものを身に纏っても


「その人」の軸が、なければ
ドレスにも、ハイヒールにも、装飾品にも負けてしまい
その人ではなく、高価なものだけが輝く。



良く街角で見かけるのが
ルブタンの美しいレッドソールのハイヒールを履いていても
猫背で、膝を曲げ、大きな靴音を鳴らし、歩いている。



履き方を知らないで、履かれた靴は
見事に早く壊れると共に、周りの方々をも良い気持ちにさせない。




裸の王様だ。





その人が良ければ、それで良いのじゃない。
うふふ、そうは全く思わないけれど。






私は元来、自分軸が強すぎて人に苦手がられることも多かったが
体に対しての自分軸はASAMIさんとピアノのお師匠さんに言われて
初めて気がつき、直さねばと感じた。



長年の癖は、「心の癖」「体の癖」全部、繋がっている。



ハイヒールの哲学は、恩恵を後からシャワーのように頂くように感ずる。

外反母趾対策、O脚予防、骨盤調整、腰痛改善、腹筋背筋の強化
肩甲骨とデコルテを開き、首の筋肉強化、まなざしの方向...etc




まなざしの方向が変わると
体の中に「自分」と言う「中心」が集まると
人はどうなるのか?




そうです。
そうなります。





自分が澄んでくる。





ハイヒールの履き方を学び
「自分」を学ぶ。




ずれていた(ぶれていた)「自分」を学ぶ。




その他に勝るものはあるだろうか?




自分の醜い生き様を学ぶのだ。

こんなに史上最高のものはないのです。
得意なものを学ぶことよりも
非常に厳しい。





自分の世界観も、(音楽に対する)実力も、技巧も、人生観も
何もかも確立しているにも関わらず
その上で自分の醜い醜態を知る。



それこそ、美しい人生へのスタート地点だと
ハイヒールの哲学は私に教えてくれた。






Amitié




Le son de la Mer
海音








2019年3月10日日曜日

自分に生き、自分に死ぬ





     近所の美しい夜















「海音さんの一年後を綴って下さい。」

そうASAMIさんが仰られ、

「1年後か...」と心の中で呟いていた。



以前もこのブログに綴ったがパリにいた頃は
3ヶ月後、半年後、1年後、3年後、5年後、10年後のヴィジョンは
いつも描いていた。

日本に来てからは明日の事しか、考えなくなって数年経つ。




そんな自分が1年後を描くのなら
それはもう、嘘でもいいから
何でも綴りたくなる。

いいのです。それで。
脳は騙されるから。
その幸せというものに。






やはり私はパリに呼吸し
そして音楽家として真面目に生きて
自分の呼吸の選択。


海辺に多く訪れ
作品を創作したい。


多くの場所でコンサートを再開し
表現ある人生を謳歌し
音(恩)返しをしてゆく。


多くの方に
私の表現を聴いてもらうチャンスが欲しい。


大きなコンサートを増やして行き
地方公演、都内での開催も増やして行く。



可愛い小さな近い夢ですと
クリスチャンディオールの新作のミニトートバックに
娘と私の名前を刺繍してもらい一緒に使いたい^^





最終的には私は「音楽」である。

音楽家だから。



だから音楽のことを考えたり、感じたいりしている、音楽に生きる
清閑で精力的な一年後にしたい。



今はまだ雑念や、雑音が多すぎる。







ピアノを生徒さんに教えて家に帰り
少しヘトヘトだけど22時まで自分のピアノを弾き
22時以降は簡単な夕ご飯と赤ワインを一人で嗜む生き方が
パリでの生き方だった。
本当に充実していた。
そんな生活を愛していた。

そして、ライブを企画し
自分の表現の場を大切に持つこと。



1年後、.....1年後は
パリと東京で生き
愛していた生活の素晴らしい延長と
今の自分が出来うることの精一杯を提供できる「美の生活」のみ。




だって私は望むものが
本当は昔から決まっていて、変わることなく
むさぼってでも、這いつくばってでも
それを、つかんで来た人間だから。




盆栽もそうだけど、枯れたと見せかけて
そうでは、ない。




口ではいくらでも言えるかもしれないが
間違ってでも誰かのために表現はしない。

それに、人に尽くす人生はもう...しない。

自分に生きて、自分に死ぬ人生にしたい。





いつも、いつの日も。




だから、1年後は人間らしくより美しく輝く人間になり

今もよりも、後姿と横顔が美しい人間でいたい。

今までとは同じ選択をし続けないということだ。




自分の負の連鎖を断ち切る、と言うことだ。









2019年3月3日日曜日

混沌(カオス)から人生の課題へ



            お気に入り(昔の媒体用)





「仕事においては忘れることが重要。
忘れるために多大な努力もしている。
それは不満があるからではなく
新たなアイディアを探さなければいけないから。
過去を振り返っても何も進まない。」

2016




「私はデザイナーだけど、写真も撮るし本も書いて出版する。
でも自ら“アーティスト”を名乗ることはしない。
自惚れに感じるから。他人からは言われる分には
褒められている様で嬉しいけれど
自分からアーティストと名乗りだしたらおしまい。
すぐにやめたほうがいいと思う。」

2015




「私はいつまで経ってもオーガニズムを感じない
ファッション狂の様なもの」

1984



先日、シャネルの長年のデザイナーであったカール ラガーフェルド氏が
亡くなった際に、彼の残した言葉を読んだ。


感想は言葉にしてしまうと陳腐になってしまうので書かないが
心にずっと忍ばせていたい言葉だ。


はっきり言うと彼の言葉が大好きだ。
全てに、私は頷きたい。



エイジレスで非常にお洒落極まりない
自分のスタイルを最後まで貫く人間は本当に素敵で惚れ惚れします。
(特にこう言う男性は↑....
私のピアノのお師匠さんも90歳過ぎ迄、コーデュロイのスーツを纏い
プジョーを運転しながらパイポをふかしておりました。)



今の時代はカール ラガーフェルドも知らずに「シャネル」を身につける
方々も多くいらっしゃるのだと思いますが(FENDIも手がけております)
それはドビュッシーを知らずに「月の光」を弾いている様なもの。


何にせよ、その「背景」や「時代」を知ることで
もっと作品が面白く魅力的に、愛着が湧いて来ます。



もう今後、彼のデザインしたものは出てこないから
私も少しばかりですが愛用しているシャネルがあり...
本当に大切にしていきたいなと思います。









今日の課題は「ブログの課題」







私はいつの頃からかブログを書かなくなった。

パリにいた頃はよく書いていたが
日本に来てからはそれどころでは無かったなと思う。

非常に自分の価値観と感性で綴るので
自分らしく生きていない時には
書けない。


嘘を付いてでも書こうとは思わない。




ブログとは私に場合、自分のまなざしの「万華鏡」であり「苑」である。

その耽美な苑から共有出来ることがあれば嬉しいが
独り綴りの方が私は好きだ。


作曲をしてレコーディングをしても
私はその自分のCDを聴いたりはしない。

おもむろに興味がない。

過去の作品は私にとり「過去」のそのものだから
耳障りになってしまう。


新しいアイディアを常に感性と言う触覚で
無意識に探しているからだ。

だから自分の昔の音楽はいらないのだ。

(コンサート時や、その練習時は別だが)


だから、上記のラガーフェルドの言葉に至極頷けたり
昔から「忘却」「終焉」と言う言葉を、気持ち良く愛用している。





はっきり言うと、この日本に来てからの6年は一言で
「カオス」そのもの、だった。

何だかもう、良く分からない。



ただ、昨年の夏に大きな別れが2回も続き
自分にとってのエネルギーの限界の極限であった。
そして、そこからまだ這い上がれていない時もある。



そんな最中にASAMIさんとパリで再会し
ハイヒールレッスンとコンサルを受けることにした。

まずは「ブログの立ち上げ」
そして「毎週のブログの課題」


ほぼ、今日まで毎週「ブログの課題」を綴ってきた。


時にギリギリになってしまうことも多くあったが


カオス生活を日本でしていると

「優しく突き付けられる課題」がどれだけ自分を立ち返らせて
奮い立たせてくれただろうと感じる。






「課題」がある人生とはいいものだ。

以前は毎日が音楽の課題だらけだったので
脇目も振らずに自分らしく生きた。



しかし、生活のためだけに必死で稼ぐことになると
私は生きる楽しみも、目標も、課題も
何にも見当たらなくなってしまった。


楽しみといえば、休みの日に家の中でゆっくりすること。




私、有名な音楽家になりたかったんだよね?
演奏会を沢山、やりたかったんだよね?
自分を表現し続けたかったんだよね?


と心の中に
叫ぶ様なヤマビコは木霊(こだま)するけれど
誰も答えは返してはくれない。

最終的には心療内科に通うのが
唯一の安らぎになってしまっていた季節を
誇りにも思わない。






その様な中で、ASAMIさんからの課題は
毎週、小さな階段を一段ずつ登ることを繰り返し
根気強く

「本当は自分がどうしたかったのか、どう生きたかったのか」を

思い出させてくれながら、ハイヒールを美しく履く原理や
筋肉の構造、美しさについて毎週ブログで綴り続けると
自分自身が無意識に全身全霊で、その言葉を自ら
落とし込んでいることに気が付いた。

心の軸も、昨年とは大違いだ。




「継続」ほど強いものはない。

そうすると、また新たな自分が見えてくる。

新たな自分を創造し続けることが出来ると言うことを
学んだ。





もともと、私は自分のペースを崩されるのが厭で
全てにおいて自分のテリトリーに入ってこられるのも厭だ。

厭、厭、の人間だが継続だけはしている。

何故なら、継続は厭ではないからだ。



何への継続か?

美しいと感じるもの「だけ」に対する「継続」である。




ASAMIさんへ

限りない感謝を込めて。





Le son de la Mer
海音








    
            



           枯れた紫陽花。





2019年2月25日月曜日

(今後の音楽教室への宣伝1)私はOOしない先生です








この春から色々生活が変化するので楽しみと言うか
未知との遭遇のような気持になる。


最近も
やはり心で違和感を持つもの、人に対して離れる結果の流れが
自然に強くなって来ているので

あなたにとって
この場所と、環境と、人は
違うのだよ、と教えてくれている事に至極納得する。



少しずつピアノとシャンソンのお稽古で
お生徒さんを募集していこうと思う。

やっと、やっとだ。



以前も申し上げた通り






*日本風?の教え方はしない
....今どき、日本人が選ぶ古典的な教則本は必要ない時代です。


*グループレッスンはしない
....私自身が不器用な人間のため、大人数では気が回りません。
それに、お一人お一人の音楽に強く向き合いたいからです。


*日本語でのシャンソンレッスンはしない
....フランス語のシャンソンしか興味がないからです。


*指導に妥協しない
.....基本ですが。
しかし「やるかやらないか」はご本人次第ですので
その問題は私の問題ではありません。


*値引きしない
.....パリでピアノ講師を始めるにあたり、お師匠さんから
30ユーロ以下はやるな。それは家政婦の時給である。
お前は家政婦ではなくピアニストであろう?と言われたことから。



どこの国にいても
自分の価値観は変わりません。






メリットとしては(ピアノレッスン、シャンソンレッスン)


*フランスのエスプリを感じながらレッスンすることが可能です。


*フランス語の用語などを用いて
またはフランス語でのレッスンのご要望はお受け致します。


*1937年のE.D.SEILER(ザイラー)ドイツ領ポーランド製のピアノで
レッスンいたします(象牙、マホガニー)。


*シャンソンレッスンでは無料でピアノ伴奏をいたします。
(レッスン、コンクール出場も含める。)


*ピアノに向かう際、または立って歌う際の姿勢の指導も
致します。



*音楽などに関する通訳、翻訳をお受けいたします。


*日本ではまだ知られていないシャンソンをご紹介可能です。


*旅先などで役立つネイティブフランス語の言い回しなどの
講座もご希望があれば開きたいと思います


*出張レッスン可能です(条件としてピアノが出張先にあること)





曜日は初めは「土曜日、日曜日、月曜日」のうちの
いづれの2日間をお生徒さん募集と予定しております。


お時間は午前11時から19時(18時)まで(曜日による)の予定です。





場所は基本、都内の私の自宅で行う予定です。

注)男性は紹介のみ。



コンサート活動が優先ですが
その際、レッスンの振替は必ず行います。




詳しいことはこれから決定していきますので
その都度、ブログにてお知らせを致します。


ご興味がある方は
心に留めておいて下さると幸いでございます。


どうぞ宜しくお願い申し上げます。




Le son de la Mer
海音







2019年2月18日月曜日

命の星の運転手
























自分の心と繋がり、常に生きること。

そうすると何らかの決断も、いつも早い。

そして、その行く先は

厳しいながらも自分の生き方の王道になる。


初めは道のない、原野の小道であっても

いづれは自分にとっての王道とへんげしてゆくのだ。


列車には往復切符はあっても

人生には往復切符と言うものは存在せず

悲しいかな、止まることはない行く先があり

毎日、同じ方向の自分の終着点に向かい生きている。

しかし、人生を列車と例えるのならば

いつも、一緒に乗っていた人が降りて行く場合もある。

そして、新しく乗ってくる人もいる。

どの駅を目指して、一つの区切りとして生きるのも自分次第か。




命の星に住んで、その星から遠ざかる列車に乗るまでは
自分がその列車の運転手だ。

あなたは今日

命の星で、どの様な運転をしながら生きるのだろう。






自分の決断は、自分の責任。

人生の中で、大きな決断だったものは何だったか。



私にとっては

「よし、フランスへ行こう。」とすんなり決め

大学卒業式よりも、当時上手く行っていた彼よりも

フランスに行くことをあっさりと決めてしまい

そそくさと日本を出て、フランスに行ってしまったことかと思う。




文面で綴ると非常に単結なものに見えるが
その後の十数年のパリでの生活は
想像を絶するものだった。




ピアノに何度も挫折し
日本のシャンソン界にも幻滅し
フランスのでの長い刑事裁判
シングルでの出産、子育て。


反対に、素晴らしい友人たちと
音楽の師匠に恵まれ
ピアニスト資格を取り
ピアノ講師になり
パリで素朴に弾き語りのコンサートを地道に続けれた。



多分、どれも、すべて


どの時も
私は幸せだったのだと思う。


何故ならば
自分を支えてくれる人々がいたから。




そして一度も日本に帰りたいとは思わなかったし
ホームシックたるものが湧き上がる事が無かった。


それは自分の生き方が、自分の心といつも繋がっていたからだ。







神様が「私という駒(コマ)」を日本にそっと置く時
どうしても私は帰ると言う決断が出来ないまま
帰らざるを得ない流れになった。


私の運転する列車は天災に押し流された様に
行き先が思わぬ方向に向いたのだ。


そして時が経ち、ここにいる。





ある日、私は都内の印刷工場に勤めていた。
地下で暖房も冷房もない場所だった。

印刷機に毎日向かい
無気力でたたずみながら、インクで真っ黒くなっていた自分の手を眺め
パリでの生活を思い出していた。

何だか疲れて前向きな気持ちではいられなかった日びを
今でも、たまに思い出す。




自分の人生の選択を誤った様な気がした。

誰と出逢い、愛し合い、何かを手に収めても
すり抜けてゆく取り留めのない事でさえ
自分の選択の責任ならば。




選択を誤った、と思っても自分の人生の列車は進んで行く。
後悔はあっても。

ただ、虚しさだけが心をえぐる。






また時が経ち

今日、水族館へ行った。
イルカショーを見たのだが、とても素晴らしく癒された。








これも22歳の時にパリに行くと、大きな決断をした時からの続きだ。

全て繋がっている。
厭、赤ん坊の頃から、それ以前からのストーリーなのか。




生きていると、この世の果て、の様な
果てしない歌のように感じてしまうことがある。


だけど人生は果てしなくない。
しっかり終焉がある。



どのように毎日を選択して生きるか
小さな選択は、時を経て積み上げられ

ゆくゆくは大きな選択になってゆく。


さざ波が集まって、大波になって行くように。





一見、惨めで不幸に見えても
それは自分にとってその時に必要なもの(と思いたい)であり
人生を作り上げて行く。


見渡せば、しあわせだ。





大きな決断は、やはりフランスへ行く決意をした日からの事。
何故ならば、あのまま日本に残り続けて生きたのならば
今の人間関係も、私も、娘もいなかったのだから。



だから
全て良しとなる。




そして、もし生まれ変わりというものがあり
誰かの美しい髪の毛に寄り添う、かんざしに生まれ変わっても
私は私だったことを忘れたくない。








今日も読んでくださり
どうも有難うございます。



Amitié





Le son de la Mer
海音







2019年2月14日木曜日

まなざしで人生を語れるか?(名古屋にて)















































厭、私は語れない。


まなざしをコントロールする程の余裕があった年月では無かった。

ただ、瞬きをせずに生きるのは得意だ。






先週末は
名古屋のアソシアホテルの最上階近くのお部屋に
娘と2泊も滞在をさせて頂いた。



ご縁がご縁を呼び
再会と助言と学びのための滞在になった。



名古屋に「カフェ コンセール エルム」と言う
有名なシャンソニエがある。


美輪明宏、アストル ピアソラなども出演し
フランス シャンソンの巨匠であったシャルル アズナブールも
バックアップしたシャンソニエだ。




























































エルムの代表である加藤修滋先生にはパリから帰国した後に
名古屋で短期間ではあるが大変お世話になり、応援して頂いた。

大きな恩人であり、国際的ピアニストだ。

そして加藤先生はフランス政府より「芸術文化勲章シュヴァリエ」を
叙勲されておられる。





しかし当時、私は自分のコンサートもキャンセルをする程
精神的に辛い時期であり、名古屋で歌う機会を何度も頂いたが
逃げるように東京に、誰にもお礼を言わずに出て来てしまった。

無論、加藤先生にもお礼を言わずに。




最終の新幹線に小さい荷物と、飼い猫のミロンガを乗せて
遠くなっていく名古屋をデッキから眺めていた思い出は
今でも何とも言えない気持ちになる。



それから数年経ち、幸いにも
加藤先生に再会するチャンスを頂いた。



反対に、私は不幸者で
どう顔を見せて良いのかも分からず
もう逢えないだろうと感じていた矢先だった。


大変お忙しいお方なので本当にラッキーだった。





数年前に、いきなり、いなくなった私だったのに
笑顔で穏やかに迎えて下さった瞬間には心が熱くなった。




色々話をお聞きし、あるコンクールに出場することを
勧めて下さった。

私はもうコンクールには全く興味がなく
寧ろ、倦厭する気持ちが多かった。

しかし尊敬する音楽家の先生が勧めて下さるのならば...と思い
出場を決心した(詳細は分かり次第告知いたします^^)






そして現在の私の弾き語りを聴いて頂き、ご助言を求めた。



「君は、もう歌も、ピアノも確立している。
だけど、自分の演奏する表情を見たことがあるかい?
表情が問題だ。」と。




























限られたお時間の中で
世界の有名どころの歌手達の表情を、映像でいくつも見せて下さり

8章節おきにしか、まばたきをしない歌手。

非常にゆっくりと、まばたきをする歌手。

優しい包み込むような、まなざしで語る歌手。




パチパチ何度も、まばたきをする歌手。



多少、歌が下手でも表情が良いと
吸い込まれるのも確か。

反対に、歌が上手くても
まばたきが多いと聴いていて落ち着かない。



....余談だが日本人は緊張をするとまばたきが多い^^;



昔、フランス人のシャンソンのお師匠さんに
まばたきをしないで表現することを学んだので
そこは問題ではないが




加藤先生は「私の表情と、まなざし」が乏しいことを
御指摘された。




歌も、ピアノも、完璧に持って行きたい目標がある。
妥協した弾き語りは一切したくないし
ピアニストとしても両立した歌手で居たいのだ。



しかし、演奏や歌に一生懸命なあまり
自分なりには表現をしていても
その道のプロに見ていただくと
本当に多くのボロが、あれよあれよと湧き出て来る。



でも、いい。

音楽に意見を下さり
自分がそれを受け入れる事が出来るのは
音楽も人生も、両方とも、尊敬をしている方しか
私は言うことを聞かないからだ。



それに歳を重ねると
プロと言う、音楽に対して
的確な助言を下さる方は居なくなって行く。





帰り際、加藤先生と固い握手をした際に
「いづれ、また名古屋でもやりましょう。」とお声を
掛けて下さった。




いきなり姿を消した私を、温かく迎えて下さり
助言まで鋭く、的確に下さった加藤先生との再会は
今後の人生の流れの深みを
増してゆくきっかけになった。






世の中は冷たいが
人は温かい。

そして今後、どう音楽で恩返しの人生を生きるか。





その鍵は「まなざし」か。






今日のあなたのまなざしは、どうだろう?


まばたきは、いつしましたか?






今日も読んでくださり
どうも有難うございます。






Amitié






Le son de la Mer
海音